復活


□一握プラトニック
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*)時は文明開化の明治時代




寒椿が顔を出し始める頃合いに積もった雪景色に朝から暖炉に身を寄せて、ぼうやりと眺めていたのに急に何を思ったのかばたばたと着物の上に厚い綿入りの丹前を羽織り、襟巻を巻き付けて新調した革靴ではなく高下駄へと足を突っ込み始めていた。
大きな硝子から見える空は澄み切ったように雲一つ浮かんでいない青空だが、冷えた大気が充満していることは分かっている。庭の石渡や木々の上に積もっている白銀は見るだけで体温を奪うようなものだった。温かいところでじっとしていればいいのに。
きっと止めたとて言う事は聞かないし、共に出て行く勇気もない。
そんなに歳も離れていないつもりだし、寒さへの耐久性の差だけだろう。



『一握プラトニック』



敷地に戻り門を開け玄関から見える庭にて自然の緑よりも鮮やかな色彩を目にし、ざくざくと足跡のない地を踏みしめて行けばこちらを向いた顔は予想通り赤く色付いていた。

「何作ってんの?」
「雪うさぎですー」

雪遊びの記憶を辿ってみても、双子の弟と雪玉を固めて投げ合いをして仲裁に入ったオルゲルトが被害に遭っていたことぐらいしか覚えていない。集中的に寄せられた雪の形を整えようとしている最中だったのか、掌で直接触ろうとしいていたので縁側の下に置いてある小さなスコップを取って来るからと言い置き、着用していた皮手袋と帽子を被せてやった。本当はその手を取って温めてやりたいという願望はあった。これが淑女相手ならば自然な挨拶と言えるだ
ろうが、この同居人の少年に可愛らしく愛でたいと口走ったところで果たして通じるものだろうか。

「俺も手伝っていい?」
「ジルさん帰ってきたばっかりなのにいいんですかー?」
「全然へーき。フランと雪遊びとか良い思い出になるし」

スコップと手の平で押さえ楕円に作り上げていけば大きな大福にしか見えなかった。庭の木に積もった雪を軽く払い落とし、見当をつけていたのか耳の長さに丁度良い笹の葉と南天の赤い実を手にして戻り、長い耳と赤い目を配置する。うさぎは尻尾あったよな。うん、あった。雪を掬って丸めくっつけてやれば成る程、愛らしい雪うさぎだ。

「これ、見せてあげたかったんです。寒がりだから冬が嫌いだって言って午前中ずっと一緒に暖炉の前にいたんですけどー」
「そっか…」

誰に、なんて聞かずとも分かる。
あの弟は貴族の仕事を継承すると言い張り覇権を争ってきたというのに寒いからの理由で外交は押し付けてくるから困ったものだ。
それから

有難うございましたー。楽しかったですー。と鷹揚な音程ながら笑顔で告げる言葉だけで、それだけでどれだけ満足したことか。寒さなど厭わないで付き合う価値のあるものだった。

戻ろうかと立ち上がれば、ほんの少しだけ自分よりぬくい温度が指先に触れる。雪が付着した手袋を外して手を握ってきたフランを抱きしめてしまいたいなと思いながら、玄関先まで太陽の光が覆われた曇天の下、白く発光するような世界で雪を踏みしめて歩く。
引き戸を開いたところで勢い付いたものにぶつかられ、衝撃で後ろ向きに押し倒され
て雪の中に埋もれたことより、繋いでいた手が離れたことの方が悔やまれる。潰されそうなこの状況よりも。

「ラジエル様!お帰りの際は電話するようにと念を押したでしょう?道中凍った水溜まりに滑っていたり段差に気を付かず転んでやしないかと心配で」
「んなわけねーから!」

起き上がり、背についた雪を払い落とし着替えて暖かい室内に居れば良いかと思っていたが矢張り寒いものは寒い。
奥に一瞬だけ見えた金髪はベルフェゴールに違いなく、独特の嘲笑を残してフランだけ引っ張って行ってしまった。
なぜこうもついていないのか。

「湯を張っておりますので、寛がれてください」

と言われれば仕様がないと羽織ってきたコートを渡し浴室までの長い廊下を進む。
一般大衆で主となっている銭湯は知らないが、和の上質なものだという檜で出来た浴室浴槽は癒やされると実感している。

木目に囲まれた空間で温まり準備されていた黒地の着流しを着て、濃紺地に白い胡蝶蘭が青と紫の淡い色合いを見せる帯を簡単な兵児帯で締めた。
洋室の風合いで誂えられた間を覗いてみれば、暖炉にくべられた薪木が良い音をたてているし、弟とフランはベタリとくっついている。なんだこの歯痒い風景は。

「戻りましたよ。俺の可愛いprincess」

手を取って軽く甲に唇を落として向かいのソファに坐せば湯上がりで芯から温まった肌に魅力を感じたのか、試しに腕を広げてみせれば膝に乗ってきた。同じような着流しから覗く白い肌の項に頬を寄せても温かいと喜ばれた。これは俺様いけんじゃね?

「ベルに見せれた?」
「普通過ぎるとか言いやがるし、あんな堕王子なんか嫌いですー」

気に入りのものを取られ恨みがましい視線を向けてくる弟には悪いが、恋は先手必勝に尽きるのだ。



「…なぁ、俺にしとけばいーじゃん」



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