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□「レプリカの恋」
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青い煌めきが視界に入る度、回路が軋む。AIの奥底が麻薬に犯された様に痺れを訴える、ココロが揺らぐような熱くこみ上げる感情をデュークは押し殺そうと平常を繕う。乱れるパルスを気取られぬ様に、静かに深く排気をするが体の中で存在を主張する様にどくんと響いてくる胸の音が心地よくて、気持ち悪い。人間で言う動悸、高まる胸の鼓動は誰かを想うココロを具現化していた。しかしデュークは思考の中で激しく首を横に振る。
違う、これは恋心ではない。ただ自分の幼いブレインが感情をはき違えて理解しているに過ぎないのだ。偽物の、レプリカの恋心なのだ。そう、自分に言い聞かせる様にして沸き上がる熱を飲み込んで、奥底に封じる。いつもの様にすました顔で、目の前に居る存在に目を向ける。
「デューク、ちょっと良いかな?」
「あぁ、なんだ。デッカード」
名を呼ぶ事が幸せで、同じくらい苦痛に感じた。甘い甘い、痛みだった。
デッカードに初めて対面した時、本能的に、憧れのようなものを抱いた。なぜ、ブレイブポリスのメンバーが彼の帰還を望んだのか、感じ取れたような気がしたのだ。見惚れた、という言い方は間違いかもしれないが、不完全さを抱えている彼の有り様に、機械なのに暖かみさえ感じるオレンジの双眸に、引き込まれるような感覚を抱いた。
あぁ、彼は、私が持っていないものを持っているのかもしれない。私が知らない事を知っているのかもしれない。共に行動すればするほどに、自分の中で憧れの感情が増していくのが分かった。君のようになりたいと、デュークはココロから思ったのだ。他者への憧れや羨みは、同時に自分の中の弱さを露見させていった。気付いていなかったか弱さに気付き、どうして乗り越えられないのかと、悔しさから歯を食いしばる。今の自分では、彼に釣り合わないのでは? そんな感情が脳裏をよぎり、ふとした瞬間自己嫌悪し衝動的に指先歯を立てる。
違う、私はなぜ彼との釣り合いを望んでいる。違う、彼と結ばれたいのではない。私はただ、彼の傍に居たいだけなのだ。だからどうか、はき違えた感情に気付いてくれとデュークは何度も、わき起こる想いをねじ伏せようとする。傍らに居られるだけで充分と、なぜそれだけで自分を満たす事が出来ないのだと。心を許し合える、その繋がりだけで、まぜ自分は満足出来ない。なぜその先の深い感情を欲する様に、レプリカの恋心を孕んでしまうのか。自分の制御が出来ないもどかしさと、感情を押し殺す圧迫感が苦しくて、涙は流せないけど一人で咽び泣く。要らない、こんな感情要らない。
「違う、私は……恋じゃない、あ、憧れだっ……」
これは、レプリカの恋。はき違えて解釈している偽物の恋なのだ。デッカードの姿を見る度パスルが、思考が乱れるのは、心の駆け引きは、全部全部偽物なのだ。そんな感情は抱いていない、いや、抱いてはいけない。彼とともに歩んでいけるだけで満足しなければいけない、憧れのままで良い。
「貴方が私の傍に居てくれたなら、私は……笑える。貴方の温もりが、私を助けてくれる」
初めて知ったか弱さに揺らいだ自分を助けたのはデッカードだった、ありきたりな光景かもしれない。それでも、差し出された手にすがった時、暖かいと素直に思えた自分に驚きを抱いた。あぁ、きっと彼の前ではプライドなんて無意味なのだ。この時抱いた感情は、純粋な憧れと羨みだった筈なのに。ココロはその先を欲し、自分自身を戒めなければきっと一線を越えてしまう。それが恐ろしい。

本当は、わかってる
これはレプリカの恋じゃない
履き違えた感情じゃない

いつか、押し殺す事も出来なくなって、超えずに居ようと決めた一線を超えてしまう日が来るのだろう。互いを分かち合いたいと、衝動に駆られて動くときが来るのだろう。傍に居たいだけ、この感情に偽りはなくとも、きっと更に先へ先へと本能のままに腕を伸ばしてしまう瞬間が来るのだろう。その日まで、この感情はレプリカの恋なのだ。今は、レプリカで良いんだと。傍にいたい。それだけで良いと。
いつか、レプリカの恋を本当のココロを認める日が来たならば、祈る様に言いたい言葉がある。思考の中で繰り返す度、熱を帯びて甘ったるくなる。苦痛や痛みをごまかしてしまうような、ありきたりな表現。

「だいすき」

かすれた声で言う言葉を、いつか、彼にむけて……。

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