Brave

□想いは胸に、刃は首に
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愛しているから、生も死も、お主に託したいと思ったのだ。
想いは胸に仕舞えば良い、そして鋭い刃はこの首に宛てがえ。
終わるならば、どうかお主の手で終わりたいものだ……。





夜の風は冷たく吹き抜けていく、冬が近づいている今は尚更のことだ。だが、季節が冬めいてくれば空は澄み渡り、星がよく見える様になる。明るい月明かりの下では、休ませていた筈の目は冴えてしまったようだ。落ち着かなさから空影はアイセンサーの出力をオンに切り替える。水面に広がる波紋の様に、各センサーに感知が広まっていき、おぼろげだった意識ははっきりと浮上する。
夜の割には視界が明るい、空を見上げれば眩しいくらいに丸い月が煌めいていた。暗い夜に慣れきっていると落ち着かないが、こんな情景は嫌いじゃない。虚空の中にぽっかりと浮き上がる白月を見上げると、飛びたいという衝動が沸き上がる。鳥がモチーフのこの駆体、空に焦がれるという経験はまだ無いが飛びたいという欲求は感じる。冷たい空気を切り裂き、翔ぬけていく感触はきっと心地よい。主たちはアドベンジャーの中で寝ているだろう、一人勝手に飛んでいったとて迷惑はかかるまい。
空影は黄金の翼を広げ、音も無く夜の空へと舞い上がった。高度が増すほどに空気は冷たさを孕むが、それもまた心地よさへと繋がっていた。日中のように景色はよく見えないが、夜の闇の中を飛ぶのも悪くないかもしれない。左右へと広げた翼やパワーストーンをあしらった装飾が、月光を受けて不規則に煌めきを放つ。もっと、もっと高くあの月に向かって……。
高い空に浮かぶ月を改めて視界に入れた時、空影のアイセンサーが何かを捉えていた。それは虚空に佇む黄金の姿、月の様に闇の中に浮き立つその存在は、一時孤独にしてしまった大切な仲間。空影の気配に気づいたのか、緑の双眸を向けて、淡く笑った。
「お主も月が眩しくて、空へ来てしまったのか」
低く、独特な音を持つ声が聴覚センサーに届く。舞を舞うようなたおやかな身のこなしでレオンは空影の傍らに移動する。闇の中、月光を反射するその機体は幻と勘ぐってしまいたくなるほどに幻想的であった。空気を蹴り、空影の横に舞い降りたレオンの表情は柔和で、穏やかな緑のカメラアイがこちらを見つめている。
「私もな、眩しくて目が冴えてしまったのだ。今日は月がよく光る」
そういって頭上の月を見る、自分たちが雲の上まで上昇しているせいか、地上で見上げたよりもよりいっそう大きく輝いて見える。眩しい……それでも月はまだ手が届かないずっとずっと天上にあるのだ。遠い。
「良い月だ。空影、私と今しばらく月を見ぬか」
「レオンは拙者よりも先に空で見ていたでござる」
「良いのだ……傍らに誰か、居てほしいと思っていたところだ」
寂しげにレオンは笑う、空影にはそういう風に見えたのだ。朧な笑みが、あまりにも弱々しく見えて、空影はそれ以上言葉を続けることは出来なかった。ただ、応とも否とも言わずにそのままレオンの横に滞空し続けていた。
「……空影」
「なんで御座るか」
「……前から考えて、お前に言いたいことがあったのだ」
レオンが空影を見る、その顔に表情はなかった。何を切り出されるのかと身構えた瞬間、レオンが、空中にとどまることを“放棄”した。レオンが滞空し続けるために駆動していたバーナーが、唐突に止まった。一瞬、空間の静寂が強まったと思ったその時、レオンは浮力を失い、重力に捕らえられ逆さまに落下を始めていた。何を考えている。唐突すぎる行動に空影の思考は停止しかけたが、無理矢理体を動かし地へ向かって降下するレオンを追った。加速していく、空気をきる音が耳にうるさい、しかし意識を傾けている暇はない。なぜ、なぜレオンは浮上しようとしない。いささか行動を起こすのが遅かったのかもしれない、のばした手が、なかなかレオンに届かない。
「レオン! 何を考えているので御座るっ……!」
「私は、お前たち全員を失った経験がある。それで、理解したのだ。私たちは常に、誰かを失う可能性があると」
「っ…?!」
「そして、失えば……悪しき者の手に堕ちることだって十分に考えられると思い知らされた」
レオンの脳裏には、あのときの場面が再生されているのだろう。復活してすぐに仲間の喪失を知り、悪しき者の手にパワーストーンが解るかもしれないという危惧の中、頼れる仲間もなしに武器をふるった時の記憶。それはとても短い期間だったが、レオン一人の心に影を落とすには十分すぎる重みを持ち合わせていた。空影はまさに失われた側、当事者であるレオンの心境は計り知れないものがあるが、もし今ここでレオンやドランがパワーストーンに戻され、奪われたら……それはとてもおぞましいことだ。それを復活してまもなく背負うことになったレオンは、どれほどを苦痛を内心に抱えたのだろうか。仲間が奪われるかもしれないという恐怖をひた隠しにし、主に答えるべく気丈で居続けたレオンは強い。だが、思考の片隅にはまだ、あの瞬間の記憶がこびりついて離れていないのだろう。
「お前たちがそうなりかけた、ならば私が敵の手に堕ちる可能性もあろう」
「レオンっ……それは」
「なぁ空影、もし私がパワーストーンに戻され、悪しき者の手に堕ちた時は……あるいはそうなりそうになった時は」
その続きの言葉を聞きたくない、風の音をかき分けてセンサーに届く凛とした声に空影はマスクの下で唇をかむ、言うな……どうか、その続きを言わないでくれ。だが、レオンの唇は動き、よどみなく言葉を紡ぐ。

「そのときは、私を石に戻してくれ」

衝撃が、空影の中に走った。もしその時が来たら、拙者にお主を殺せというで御座るか。この身が悪しき者の手に堕ちてしまわぬ様に、奪われぬ様に刃は首に……。ずいぶん酷なことを求めると空影は表情をゆがめた。その言葉をのんだら、いつかこの手でレオンの命を断つ日がくるかもしれない。レオンを敵の手に堕とさぬように。永久にその日を迎えぬ様に願わくばこの刃、レオンの命を守る為に想いは胸に。もし、殺すことでしか取り戻せない状況に追いつめられたならば、その時はこの手でレオンを……。

「私はお前が愛しい、故に私が悪に堕ちたらお前の手で終わらせてほしいのだ」

緑の双眸が映すのは、空の星でも月でもなく、空影の姿。次いで紡がれた言葉に驚愕したような面持ちでいて、それでも重力に従い沈んでいくレオンを捕らえようと共に降下していく。そんな空影にレオンは自ら手を差し出した。空影がその手をつかみ、レオンの体を腕の中に抱き込んだ。じんわりと伝わってくるぬくもりに、空影はようやく安堵した。
「レオン……ずいぶん酷なことを託すな」
「私はお前が愛しい、故に悪に堕ちたらお前の手で終わらせてほしいのだ」
再び繰り返されたレオンの言葉、今まで想定はしていたがあまり実感がわかなかったこの言葉。今は違う……レオン以外の勇者が倒され。敵の手に渉る瀬戸際まで追いつめられた事実があり、そんな中で一人戦った経験のあるレオンの言葉は重い。その重みに、こちらが潰されてしまいそうだというのに。
「お前になら、私は生も死も託せるのだ」
「なぜそこまで……」
「簡単だ、それほどまでに愛しく、信じているからだ」
寂しげ、あるいは穏やかに笑みをたたえている様にも見て取れる曖昧な表情でレオンは言う。憂いを孕んだまなざしが、空影の心を射る。上空には居たときにはあれほど煌めいて見えた機体が、薄墨に塗りつぶされる様にぼんやりと闇にとけ込みそうで怖い。胸の紅い装飾ですら、くすんで見える。腕に力を込めたら確かにそこにレオンは居る。どうにも消えてしまいそうで不安にかられる。
「……お主はそれを本意とするので御座るか」
「そうだ」
生半可な覚悟ではないのだ、お互いに。
「そなたの死、預かるでござる」




想いは胸に、刃は首に




最期の瞬間がお前によって成されるならば、安心して、蘇ることが出来るだろうから。

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