Brave

□押して引いて引いて
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それはとても気まぐれで思い通りにならない。ある瞬間には自分の傍に、かと思えば手が届かないほど遠くに。そばに寄ってきた時に手を伸ばしてみると拒絶するかの様に遠のき、遠くに居る時に言葉で言う訳ではないが「構え」と接触を求めてくる。あまのじゃくな奴だ。
そいつは空を翔るのが好きだ、趣味が空中散歩とはよく言った物で本星に居た頃も地球に来てからも、暇さえあればのんびりと空を飛んでいるような日常。とりわけそいつは、この地球が気に入ったそうだ。確かにこの星はにぎやかで美しい、空も……そうだ、空も気まぐれで移ろいやすい。綺麗な青空を見せていると思えば、暗い雲を纏っていたり、雨を降らせていたり。
空は朝昼と夜では表情が全く異なる。淡い青をたたえる明るい空は夜になれば際限ない闇に変わる。その闇を背景に、昼間太陽の明るさに霞んで見えなかった星や月が輝きを放つ。暗ければ暗いほど、夜の空を彩る者達はよりいっそう浮き立って美しい。
一点からの考察、直線的な思考ではくくり切れない万華鏡のようにしょっちゅう色を、ありかたを変えてしまう捉えにくい存在。エースバロンから見て、ガードウイングはそんな奴だった。

取っ付きにくい、扱いにくい、なんて言えばこの隊ではガードウイングくらいしか思い浮かばない。どんなチームに加入したとしても、絶対に「問題児」と評価されるであろう彼の気質を、エースバロンは好いていた。好いていたという表現は少し適切ではないかもしれない。一筋縄で行かない扱いにくさが、次はどんなことをしでかすのだろうと彼の好奇心をくすぐり、思考を釘付けにした。
命令違反や枠にはまらない戦法なんて日常茶飯事で、危なっかしいにも程があるとよくガードファイヤーが愚痴を漏らしていた。同感だ。正直危なっかしくて見てられない。だが何故だろう、普通「あぁなんて厄介なのがチームに入ったんだ」と辟易してしまいそうなのに……どうしてこうも、鮮やかに映るのだろう。何気ない空中での戯れも、戦闘時の身のこなしも、鮮烈にメモリーに焼き付く。独特な低い声も聴覚センサーに心地よい。なかなかあげてくれないバイザーは、その下ではどんな眼差しをしているのだろうと欲と好奇心をかき乱す。
何度かたてつかれた事もあるし、ちょっと癇に障る事を言われた事もあるし、なんでこいつが警備隊員になったんだろうと呆れてしまう事もあるにはあったが、あれほどまっすぐに、物怖じせずに言葉をぶつけてくる奴はそうそう居ない。よくも悪くも遠慮がない、良くも悪くも素直で裏表が無い、ただクセが強い。
「……面白い気質の奴だな」
気付いたら当たり障りない形で自己完結、ふとした瞬間には、ガードウイングの背中を追いかけていた。
肩のパーツが大きいせいか、それともウイングパーツのせいか、それなりにがたいがよく見えていたガードウイングのボディはよくよく見ればスレンダーだ。軟弱さは無いが、あぁこんなに細かったかな?とちょっと認識し直すくらいには華奢に見えたかもしれない。そんなガードウイングが一番「綺麗」に見えるのは、やはり空中だった。

ガードウイングに「綺麗」なんて表現を用いると、失礼かもしれないがエースバロンは自分で笑ってしまう。正直ガードウイングは綺麗、だったり美しいなんてかしこまった表現がとても不似合いな気質だ。本人が聞いたらきっと気色悪がるだろう。しかし、空のガードウイングは本当に美しく、しなやかなのだ。
翼のあるガードウイングにとって重力なんてあって無いもの、一度だけ、月の夜空を自由に飛び回るガードウイングの姿を見た事があるのだが、語彙が少ないのか、「美しい」という言葉しかブレインに浮かばなかった。
ダンスのステップを踏む様に空中を縦横無尽に跳び飛ぶ姿は軽やかだ。時折海の中に身を沈め、透明な雫を巻き込みながら海面から飛び立つ姿が月光で複雑に煌めくのには、何も言えない。飛べるなら、上下も左右も意味をなさない。全ての方向に解放された空間、その障害のない世界がガードウイングのフィールドだった。
「お前も自分の身一つで飛べりゃ良かったのにな」
珍しくバイザーをあげて、勝ち誇った様に笑って言い放ったこの声や姿が、鮮烈で眩しかった。あぁ、君はそんなに綺麗な目をしていたのか。君はそんな風に笑ったりもするのか。君はいつの間に、自分の中でこんなに愛しい存在になっていたんだい?

―キミニ、コイヲシタノカモシレナイ―

淡い恋心、そんなもんじゃあない。もっともっと色味の無い、薄墨みたいな恋心だった。応えてもらえる可能性がとても低い、そんな相手にエースバロンは恋、なんていうまた一筋縄では行かない感情を抱いてしまった。二進も三進もいかないって、きっとこういう状況の事を言うのだろうとエースバロンは一人で思う。今まで一線踏み越えない位置で、遠巻きに眺めているだけだったガードウイングを捕まえるのがどれほど大変なのかを解っていなかった自分の甘さを呪う。こいつ、信じられないくらい捕まらない。
一歩歩み寄れば一歩引く、なんてレベルじゃない。適当に話を作って持ちかけて二人きりになれないかと試みても、「そんなこと俺には関係ねぇよ」と言って飛び去って行く。通信淹れても一方的に切る。扱いづらいだけあって自分の予想と少し角度がずれた方へ舵を取る。
「どうしてこうも逃げるのかなぁ……」
おしたら引いて、引いて、ならばと逆に引いてみたら今度は押し返してこない。全く持って手応えが無いのが思いのほか辛い。これは先が長そうで。全く自分の思う通りにならないあの気まぐれ屋を好きになったからには、それ相応の時間をかける心持ちが必要になりそうだ。
「お前は俺を、どう思っているんだろうなぁ……」
答えなんか、わかりっこないんだけど。





どうすれば、君はこの感情を知って処理してくれますか?

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