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□ていにおちる
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―マークX殿。貴殿が居なくなってから、何日が経ったのでしょうか―

夏から秋に移ろう季節の節目、空を見上げれば高く澄み渡っている。真夏を乗り越え吹く風が涼を孕みだしたこの時期は過ごしやすい、スバル城にも心地よい風が吹き渡り髪をなびかせる。
夏の暑さを嫌い出不精に磨きがかかっていた城の主、ツーリングワゴンも城を取り囲む庭に外の景色を見に赴いていた。見れば栄える草花も変化し始めていて、季節の移ろいを感じさせる。
「随分、過ごしやすい気候になったものですね」
風が木の葉をなでる様に揺らしていく、微かな音が耳に心地よいが何かが足りない。うだるような暑さは過ぎ、屋外で稽古をするにはやりやすい日和になったというのに、武器のぶつかる音がしない。夏場でさえ聞こえてきた稽古のかけ声や獲物のぶつかり合う乾いた音が、今は全く聞こえない。
「……あの戦を境に、静かになったものですね」
穏やかな表情の中に、わずかな陰りがのぞいた。と、その時急に風の勢いが強まり結われた青い髪が激しくなびいて乱れる。顔にかかる髪を指で梳く様によけた時、目の前を真っ白い花弁がひら…と舞っていくのが見えた。
庭に白い花は咲いていない、どこから舞ってきたのかと周囲を見遣るとツーリングワゴンの後方に、真っ白い和服を着たアウトバックが無言で佇んでいた。俯き加減に佇む彼の腕の中には、衣と同じ様に真っ白い花弁の花が愛おしげに抱かれていた。
「アウトバック、また花を買いに行っていたのですか」
「綺麗、だったから」
言葉には応えるが、アウトバックはツーリングワゴンの方を見ようとしない。感情が抜けた虚ろな目を白い花弁に向けたまま、憂えたような表情を崩さない。風に揺らぐ髪が気まぐれに顔を隠し、そこはかとなく冷たさや不気味さを抱かせる。
「じゃあ、俺は行く場所があるから」
「またあそこに行くのかい、アウトバック……」
ツーリングワゴンの脇を足早に過ぎ去っていくアウトバックに言葉をかけると、その足が一瞬止まる。うん、と微かに返事が聞こえたと思うとすぐに下駄が石畳をふむ音がからんと鳴り、やがて遠ざかって聞こえなくなった。
小さくなっていく白い後ろ姿を目で追っていくと、庭の先、茂みの方へとアウトバックは姿を消していった。その先には最近、新しくできたものがあるのだ。それは、作られぬ方が良かったものだ。
「……アウトバック」
「若様は、またかの方の元へ行かれたのですか」
いつからそこに控えていたのだろうか、エクシーガが傍らに控え、ツーリングワゴンに問いかける。
「前回の戦でマークX殿が亡くなってから、ずっとあの調子です」
「敷地内に設けられたかのお方の墓に、参り続けているのですね」
一ヶ月ほど前にあった戦での事だ。スバルの戦に援軍として参加したマークXが、激戦部で戦死した。アウトバックがマークXの死を聞いたのは、戦が終わった直後の事だ。事情を聞くと同時に、遺体との面会も果たしていた。
マークXはトヨタのGzだったかアウトバックの意向を受け入れ、スバル城の敷地内にマークXの墓は作られた。アウトバックが姿を消した茂みの向こうに、墓は設けられている。
「私は、アウトバックがあの方を追ってしまうのではないかとひやひやしていましたが……」
「若様は自刃は致しませんでしたが、生きたくて生きている様には見えないのです」
「そうですね、きっと彼はマークX殿の後を追いたがっている。追いたいと思いながら、生きている」





庭から外れた茂みは人が殆ど入らないため、手入れがあまりなされていない。柔らかな下草を踏み、成長していく丈の低い木の枝の隙間を抜けていくとそこにひっそりと忘れ去られた様に、小さな墓標が立てられていた。マークXの墓だ。墓の前にはまだ新しい花が供えられている。
「また……来てしまいました、マークX殿」
柔らかな草の上に膝を折って座り、供えられていた花をどけ、手にしていた新しい花をそっと供える。名も刻まれていない墓標を見つめ、手を合わせて目を閉じる。
「マークX殿、俺は……貴方を追いたい」
戦火の中、アウトバックは一瞬ながら激戦部へとかけていくマークXの背中を垣間みた。左右に揺れる栗色の毛、心底惚れ込んだ存在の背中が小さくなっていくのを見送っていたが、まさかあれが今生の別れになるなど誰が思うだろうか。
陣地に帰ればマークXと会えるのだと思っていた、援軍の礼を言ったら城に戻って、戦の労をねぎらいささやかながら酒盛りでもしようかと思っていた。だが、陣地に戻ったアウトバックを待っていたのは、亡きがらだった。
「貴殿の居ない世を生きてみたけれど、生きる糧の無い生はこれほどにも苦しいのですね……」
突然奪われた存在、マークXが居なくなってから、アウトバックの生きる世界は色を失った。生きる糧の無い、生きる意味を見出せない世界を歩んでいくことの苦痛を思い知らされた。
今すぐにでもこの胸を太刀で貫いて、マークXの後を追いたい。そんな願いが常に思考の片隅にあった。衣の懐には小太刀が仕込んである。それでも自刃せずに今に至るのは
「貴殿はきっと……俺に生きろと言うのでしょう」
静かに言葉を紡ぐ、表情の無い赤い目から涙が一筋二筋こぼれ落ちて頬を濡らしていた。涙なんて久方ぶりに流した、かの方が死んだと知った時にすら流れなかった涙が……とうに枯れたものだと思っていたのに。
「貴殿が居ない世で俺は、どう生きれば良いのですか」
どうしてあの戦場は、あの方と一緒に俺をこの世から奪ってくれなかったのだ。
なぜかの方だけ殺したのだ。
「一緒に死にたかった」
なぜあの戦場は俺を、殺してくれなかったのだ?
なぜ俺は今、生きているのだ……。

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