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□ふらっしゅばぶる
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―フラッシュバブルー
一度の経験で写真の様に鮮明に刻み込まれる記憶、忘れたくても簡単には忘れることの出来ない記憶。ショッキングな場面で起こりやすい現象なため、トラウマに繋がりうるものである。

眠ろうとしてセンサーや回路を落としても、メモリの中に走るノイズが不快でわずかながらに意識が浮上する。その瞬間、写真の様に鮮明で鮮烈な色を持つ場面が思考に割り込み、反射でマークXは跳ね起きた。
急速にオンに引き戻されたセンサーや回路が悲鳴を上げ、めまいが生じる。視界が真っ暗で、なのに揺らいでいる感覚があり気持ち悪い。
くらくらする頭を抱えて荒く排気するといくらか落ち着きが戻り、灯りが落とされた離れの一室の様子がぼんやりと認識出来る様になった。
「はぁ……これ、は」
静寂に包まれた部屋に一人きり、ずき、と痛む頭に未だ思考に紛れ込む鮮やかな記憶にマークXはあぁ、またかとうなだれた。数日前の出陣、あれ以来よく夢で特定の場面を見る様になった。
視界を染める赤い記憶が胸を締め付ける、物理的ではない痛みと衝撃を持った記憶が何度もフラッシュバックで蘇るのをこの数日のうち何度も経験した。精神的に疲弊していくこの感覚は、戦場の中で心が荒んでいく感覚に良く似ていると思った。
「……某は、弱いな」
は、と短く排気するとマークXは床を立った。同じ離れの別室に用がある、障子の向こうでは灯りが灯っているのか、白い紙がぼんやりと朱色に染まっていた。
「やつは寝ていないのか…? アウトバック殿、開けるぞ」
一言断ってから、マークXは障子の戸を開ける。薄暗い室内に蝋燭に点された火が一つ揺らいでいるだけのほのかに赤い空間の中、一人床に座り込む者の背が見えた。
障子戸の開く音に緩慢に反応を示し、赤いカメラアイをこちらに向けたアウトバックは、マークXの姿を認識するとうっすら笑みを浮かべた。言葉は発さない、発する気力が無い方が正しいかもしれないが。
「起きていて大丈夫なのか」
歩み寄り、座り込んでいるアウトバックの傍らにマークXも腰を下ろした。
「まだ、腕は治らぬか」
俯き加減で力なく座り込むアウトバックを見れば、片腕の肘から下が無くなっている。腹部にも深い損傷があり、起き上がれるような状態ではないのは明らかだ。アウトバックは強い、傷を負うことはあれどこれほどまで酷い傷を負うことは少ない。アウトバックが手傷を負った理由はマークXが知っている。
「某のせいで、こうなったのだな…」
あの出陣の時から何度も何度もマークXの思考をよぎる鮮烈な記憶、それは戦の最中に起こった出来事の一こまだった。
敵に不意をつかれ首を取られそうになったマークXの前に割り込む様に体をねじこんで来たのがアウトバックだった、目の前に広がる見慣れた赤、それが断たれていく瞬間と、飛び散る鈍い赤が閃光の様にマークXのメモリに焼き付いた。
その前後の記憶が朧げだ、何があったのかあまりよく覚えていないがこの場面だけが異様なまでに鮮烈に刻み込まれている。まるで写真の様に。そしてフラッシュバックで何度も蘇る。
「行動を起こしたのは、俺ですよ。貴殿のせいではない。それにしても酷いお顔ですよ」
損傷の無い方の腕を動かし、マークXの頬を包み込む様に触れるアウトバックの手の温もりに、若干顔がほころぶ。思いのほか身長に差がある二人、マークXの胸に頭を預けるアウトバックの顔を見下ろしてみると、薄く笑った顔に疲労が色濃く出ている。
「御主も疲れているようだな…寝れぬのか」
「えぇ…寝れないのです」
「痛むのかやはり」
「痛みもありますが…焼き付いて離れないのですよ。あなたの声が、顔が」
意識を失う直後に聴覚センサーを埋めた声と、視覚センサーに映った顔が焼き付いて離れないのだと言う。何度も再生されるのだと言う。今もそれで起きていたのだろう。
「そうか…苦しかろう。アウトバック」
「貴殿の傍なら、少しは変わるかもしれません…」
マークXにそっと頭をなでられるのが心地よいのか、アウトバックは目を細めて摩り付くような仕草を見せる。
「某も、主が傷を負う姿がメモリに焼き付いて離れん」
「それは申し訳ない」
マークXの腕の中でアウトバックが体勢を変える、アウトバックからマークXに抱きつくような姿勢になった。
損傷して肘から下がない腕をマークXに首にまわし、首筋に顔を寄せる。あぁ、温かい。ざわつきが静まっていくこの感覚は心地よい。
「どうせなら穏やかなメモリで満たしたいものだな」
「…ん」
そういって視覚センサーの出力を落とす、今日は一緒に眠ってみようか…そんな小さな呟きにアウトバックはうなずいて答えてくれた。諾、と。時期にアウトバックも出力を落としたのだろう、駆動音が徐々に小さくなる。
おやすみ。マークXの意識も徐々に沈んでいった。

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