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□ひがんちる
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かつて戦の場になり荒れ果てた野の狭間に、火と見まがうような赤が広がっている。
なんだ、あの赤は。
その地を通りかかったアウトバックが枯れ草を踏み、目についた自分と良く似た赤の広がる方へと歩み寄っていく。
間近で見てそれが、赤い花の群生であることが解った。
幾重にもわたって咲く、彼岸花の連なりだった。
殺風景な野に存在するむせ返りそうな赤は、あまりにも特異で浮き立って見えた。
浮世離れした光景にアウトバックは目を細める。
「地獄花……か。地獄の世は、これほどに赤いのだろうか」
彼岸花にはいくつか別の呼び名がある。
地獄花、死人花、幽霊花…不吉であると忌み嫌われることが多いせいか、おぞましげな響きの名が多い。
柔らかな花弁を指先で摘み取り、日の光にかざしてみて見ると、透き通った赤。
本当に鮮やかな赤なのだ、自分の目や髪の色とよく似た色をしていた。風が吹くと、花弁も髪もゆらと揺れる。
「まるで、この花で染めたようではないか…」
戦で多くの命を奪い去ったこの身の目や髪の色が、忌み嫌われる花と同じ色とはなかなかよく出来た話じゃないか。
一歩、彼岸花の群生の中に足を踏み入れる、また一歩、一歩花を踏み折って先へと進んでいった。
赤い海の中にぽつりと一人佇む。着る衣も赤いアウトバックは、自分自身でもそのまま彼岸花の色に溶けてしまいそうだと感じた。
いっそこのまま溶けてしまおうか? 
そんなことを言ってアウトバックは、彼岸花の中に身を委ねていた。
空を見ると、青と赤の境界が眩しいくらいに鮮やかで、アウトバックは目を閉じた。




「彼岸花の群生?」
エクシーガの言葉に、ツーリングワゴンは興味深めに聞き返した。
「城の近くの野に彼岸花の群生がございます、見に行かれますか?」
「そうだなぁ、気になりますね。すこし城をあけます、アルシオーネにそう伝えておいてください」
城からさほど離れていない野の一角に彼岸花の群生があると聞いたツーリングワゴンは、城の留守をエクシーガに頼むと天守から出た。
城を出る前に、弟であるアウトバックの部屋を訪ねた。
アウトバックも連れていこうと思ったのだが、生憎アウトバックは留守であった。
残念だ、そう短く言うとツーリングワゴンは城を出て、古びた城門をくぐった。苔むした石畳の小道を一人歩くと、やがて野に出る。
そこは過去に一度戦場になった場所であり、殺伐とした空間が広がっていた。生えているのも枯れ草ばかり、歩くたびに乾いた音がする。
どこに彼岸花が群生しているのだろうか、小道をそれて彷徨ってみると殺風景だった野に突然、鮮やかな赤が現れた。
「あれですか、彼岸花の群生は」
歩み寄ってみるとそれは見事な彼岸花の群生だった、鮮やかな赤が風にあわせて揺らめいている。
「なるほど、彼岸花はあまり縁起の良い花ではありませんが…美しい」
その場にしゃがみ込んで花弁に触れて、気付く。
「ん…」
ちょうどツーリングワゴンが触れた花の傍らに生えた花が根元から折れている、それも一本だけではない、何本も纏まってだ。
手で茎を折ったのではなく、踏み折られたようだった。
立ち上がって群生に目をやると、ところどころ花が踏み折られてまるで穴が開いた様になっている。
それは足跡のようだ。
誰かが群生の中に踏み入ったのか、必要以上に花を折ってしまわぬように先に付けられた足跡にそってツーリングワゴンも花の中に一歩二歩。
柔らかでどこか冷感を感じる草の感覚に、不意に全く別物の質感が混じる。それは固い、石のようだが細長い。
足下に目線を向けてみると、それは非情に見慣れたものだった。
「朱色の槍…アウトバックの物ではありませんか」
アウトバックの所有物である朱色の槍が、彼岸花を床にし転がっていた。
戦に出る身であるアウトバックは武器を大切に扱う、こんな場所に無造作に置いて行ってしまうとは考えにくい。アウトバックはどこに?
「……ぁ」
足跡が転々と彼岸花の群生の中心に向かっている、その先にひときわ花が折れて途切れている箇所があった。
何だ?単純な好奇心からツーリングワゴンはそちらへ進んで行く、さくりさくりと柔らかな茎を踏み折り、草の音を聞きながら進む。
距離がつまるに釣れて、そこに横たわる物が見えてくる。赤い花弁に、水水しい緑に抱かれる様にして横たわるそれは、アウトバックだった。
「アウトバック…っ?!」
アウトバックが、彼岸花を床にして横たわっていたのだ。眠っているのかツーリングワゴンの声に反応を示さない。
アウトバックの持つ赤が、彼岸花の花弁の赤と同化して、まるでとけ込んで消えてしまいそうな錯覚に陥った。
アウトバックが赤に食われる、飲まれる、そう感じたツーリングワゴンはアウトバックの身をとっさに揺り動かしていた。
「アウトバックっ…アウトバック!」
「……ん、ぅ…?」
本当に眠っていただけらしい、揺り動かすとすぐに反応が帰って来た。微かなうめきと共に、アウトバックが微かに目を開く。
彼岸花の花弁と良く似た赤い瞳が、ツーリングワゴンを見つめてくる。
「兄者?」
「アウトバック、貴方…こんな場所で寝なくなって良いじゃないですか」
「あぁ…寝てしまったのかあのまま」
「なぜ、ここで」
「偶然見つけたんだ。火みたいな赤で目を引いて…飲まれそうだなと」
全くだ……柄ではないがアウトバックが、彼岸花に飲まれる。実際そんな錯覚をツーリングワゴンは覚えたのだ。
このまま眠らせておいたらアウトバックは彼岸花の海に沈んで行ってしまうと、そんなことありはしないのに思ってしまった。
彼岸花があまり縁起のいい花では無いからかもしれない、本能的に恐ろしさを感じたのだ。
どう恐ろしかったのかと問われたら、形容しようがないが。
「帰りましょうかアウトバック。城で一緒に茶でも飲みましょう」
「ん」
ツーリングワゴンが差し出した手を握る、しっかりとした質感、温もり、良かった。アウトバックはちゃんとここにいる。
そんな当たり前の事がどうにも嬉しかった。
「なぁ、兄者」
「なんですか?」
「…地獄はこんなに鮮やかな赤なのか」
「え?」
「紅蓮、という言葉がよく似合いそうだし。何より彼岸花には地獄花という別名がある」
あと、俺によう似合うと思わぬか? なんでもないことを言う様にアウトバックはそんなことを呟いた。
「…………」
「すまぬ、変なことを言った。帰ろう」
無言で頷き、二人は彼岸花の群生から出た。何本も花を踏み折ったが、そんなことを気にかける余裕はなかった。
二人が去ったあと、彼岸花の花弁は風にのって散って行った。





アウトバックには彼岸花がよく似合いそうだなと。
彼岸花ですけど地獄花など以外にもまだいくつか別名がありまして、曼珠沙華とも言うそうですね。
あと、彼岸は毒を持っているそうです。

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