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□えひもせず
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「たまには付き合わぬか?」

そんな若様のめずらしい気まぐれに、私は付き合うことになりました。
若様の手には、未開封のやや小振りな酒瓶が一本と杯が二つ。
若様は普段、兄である殿か、トヨタの地のマークX様と杯を交わします。
あるいはお一人で、手酌で飲むこともありましょう。
私のような従者と酒を酌み交わすことなど、滅多にないのです。
いえ、それが当然の流れ。
誠に珍しきことと思いながらも私は若様のお言葉に沿い、晩酌に付き合わせていただくことになりました。
招かれたのは若様のお部屋。
部屋といっても、城を空けることの多い若様にとってはあまり意味をなさないようです。
必要最低限のものしか無く、酷く寂しく殺風景な場所でした。
若様にとってここはくつろぎの間では無いようです。
庭がよく見える下の縁側の方へは行かぬのですか?
そう問いかけたところ、若様は自らの後方にある窓を示して曖昧に笑いました。

「今日はここからの景色だけで良いよ」

窓からはちょうど、半分にかけた月が見えました。
そういえば、若様は満月よりも半月だとか、三日月だとか、欠けた月の方がお好きなようです。
欠けてない月の方が良いのではと聞いたら、若様は、不完全な欠けた月の方が愛着が湧くとおっしゃられたような。

「何呆けた顔をしておる、杯を出せ」

若様の言葉に従い杯を出すと、若様がその杯を満たしてくださいました。

「アルシオーネがどこぞで調達してきたものだ、小さい蔵のものだが悪くない」

珍しい……若様がまた笑っておられる。
若様は普段なかなか笑顔を見せてはくれませぬ。
もとより感情を表にさらけ出すような気質ではないのです、今日はもう酔いがまわっておられるのでしょうか、よく笑う。
若様の笑顔は嫌いではありませぬ、むしろ温かい気持ちになれます。
冷酷な光を宿すことの多い赤い目が、冷たいものではなく温かな別のものにみえてくるのです。
しかし私は語彙が少ない。
そんな若様の目を、ただ美しいだとか、温かいだとか、そんな風にしか表現ができないのです。

「どうしたエクシーガ」

名を呼ばれた瞬間、私の中で何かが波紋のように広がったような、そんな感覚を不意に抱きました。
自分でも意識せぬ内に、私は若様の目を見ていたようです。

「なんでもないか。そうか」

何でもありませぬと答えたら、若様はそう言葉を返しました。
そして杯に口をつけ、一口含みながら空の月に目をやっておりました。
なぜでしょうか、月を眺めながら酒を楽しむ、そんなありふれたその姿に意識が釘付けになってしまうのです。
若様の紅玉のように赤い髪や目に、夜空の闇を背にしているせいか白く見える肌に、いつもと何一つ変わらぬその有り様に、私は魅入ってしまっている。
若様、あなたが……とても……まぶしい。
私は若様から目をそらしていました。
何故でしょうか、半月の光が、闇になれた私の目にはいささか明るすぎたのでしょうか?
そうだ、多分そうなのでしょう。
月の明かりは、私が思うよりも明るかったのでしょう。

「なんだか今日は様子が変だなエクシーガ、酔ったか?」
「……いえ。月がまぶしいのです」
「半分でまぶしかったら、主、満月など拝めないではないか」
「でも……まぶしいのです」

そういったら、若様はまた笑った。
馬鹿にするような笑いではありませんでした、子供が何か面白いと感じた時にもらうような、いたいけな笑いに感じられました。

「なら、窓は閉めた方が良いか」

そういって若様は几帳で窓を遮り月を隠しました。
行灯を点しておらず、光源が月明かりのみだった室内は闇を増しました。
しかし、なぜでしょうか。
まだ……私にはまぶしいのです。
おかしいですね、月明かりがまぶしかったはずなのに。
その月明かりは若様が遮ってくださったのになぜ、私はまだまぶしいと感じるのでしょうか。

「これでまぶしくなくなったろう?」

他者を気遣うような声音の若様の言葉に応えようとしましたが、私はうつむいたまま若様をみることが出来ませんでした。
どうしてだろうか、暗がりに座る若様より、自分の銀の髪の方がずっとまぶしそうなのに何故若様を見れないのだろう。

「まだまぶしいのか? 目がどうかしてしまったんじゃ無いのか」

あぁ、全くです。
若様のいうとおり私の目が変なのかもしれません、俯いたまま何も言わずにいると今度は、視界が完全にまっくらになりました。
見えなくなったのではなく、何かが私の目をおおっているようなのです。
それは、温かいもの。
それは、若様の手でした。

「これでまぶしくないだろう? エクシーガ」
「……はい」
「なら良い、なら良いのだ」

若様に目を覆われたら、さすがにまぶしいという感覚は無くなりました。
しかし、なぜでしょうか。
今度はどうしようもなく、鼓動が乱れてしまうのです。
いつもより早く強く、鼓動が波をうつのが自分でも解りました。
まるで激しい運動をした後のような、そんな脈打ち方に私は違和感を覚えました。
なぜ若様に目をおおってもらっただけでこんなに鼓動が乱れるのでしょうか、強く脈打つのでしょうか。
今日は私には解らないことが、私の身に起こります。
せっかく頂いた酒には酔えず、別の何かにココロをかき乱されるのです。
ですが……これが、心地悪くはないのです。

「……若様」
「なんだ」
「我が侭を言っても良いでしょうか」
「良い、言え」
「……今しばらくこのままで」
「あい解った、エクシーガ」

あぁ、まただ。
また若様に名を呼ばれた瞬間に、私の中、鼓動が激しくとくんと脈を打つ。
耳障りなほどに響く激しい鼓動がとてもあつい、されど心地よい。
若様、まるで貴方にかき乱されているようです。そんなこと、あるはずが無いのですが……。
若干力の緩んだ若様の手の隙間から外を伺うと、若様の赤い瞳が映りました。

「……美しい」

そんな私のつぶやきは、若様の耳には届かなかったようです。

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