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□まどろみ
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かの方が出掛ける予定があるとは聞いていない、はてさてどうしたものやらと首をかしげながら、エクシーガはスバル城内を何かを探すようにさ迷っていた。
穏やかな日の昼下がりの頃合いのことだ。
大した用ではなく、手合わせの相手になってもらおうとアウトバックと姿を城内に探していたが、どういう訳か姿が見えない。
比較的質素な造りの城の中では、彼の鮮烈な赤はよく目だって見落としようがないから、うっかり見過ごしてしまったということはないのだろう。
ならば若様はどこにおられるやらと首をかしげながら、エクシーガは心当たりがある場所を転々とめぐっていく。
だが自室、天守、庭など、普段彼がいる場所には居なかった。
ツーリングワゴンやアルシオーネにどこにいるか聞いても、帰ってくる返事は知らない、解らないといったもので手がかりになりそうなものはなかった。
手合わせの相手がいないならまた今度で良いのだが、城の若であるアウトバックが行き先を告げずにいなくなってしまった、これはいささか問題だ。

「全く若様は……どうして姿をくらますのがこんなにも上手いのだ」

アウトバックは見た目で鮮烈な印象を焼き付けるくせに、姿をくらますのが上手い。自然と気配を殺すスキルが身に付いたのだろう。
おまけに足取りがつかめない、見失ったら厄介なことこの上ないのだ。

「これで敵に襲われたらいかが……なさる気で………?」

すでに何度か見回った庭にふと目をやった時、エクシーガは違和感を感じた。
庭の片隅に生える年へた桜の木、今はもう葉桜となっているその桜の樹上で、何か赤いものががさっと動いたのだ。
それはよく見慣れた、あの鮮烈な赤。

「………若様?」
「ん、エクシーガか」

帰ってくる返事の素っ気なさ、若干かすれの混じる低めの声質、間違いない。アウトバックだ。
一体どこに行ったのだと思案しながら城内をさ迷ったあの苦労はなんだったのやら、 アウトバックは庭の桜の木の上に居たのだ。
樹下に行き上を見上げてみれば、太い枝の付け根の辺りにまるで猫のようにゆったりと身を預けるアウトバックの姿が窺えた。
普段無表情なことが多いアウトバックには珍しく、うっすらと笑みを浮かべてエクシーガを見下ろしていた。

「何用だ? マークX殿がやってきたか?」
「いえ、私用でして」
「なんだ……今日は気乗りしないから明日な」

赤い髪を指先でいじりながら、アウトバックは子供のように言った。からかっているのだろうか、瞳にも楽しげな色が浮かんでいる。
もし猫のような尻尾があったら、気まぐれにぱたぱたと振っていそうだ。

「ならばまた後日、ところで、何をなさっているのです?」
「なぁんにも。ただ木に登って微睡んでいただけさね」
「はぁ………」
「気持ちよいのだぞ、この場所は。草木の香りがして静かで」
「若様は草木がお好きですね」
「そうさや、この木も俺のお気に入りよ」

アウトバックは戦場を駆る荒々しさばかりが目立つが、実際は草花を好く面もある。
弟に当たる菜の花と、城の周辺を散策して蓬を摘んできたりすることもある、花の盛りの頃は天守から見下ろしたり、樹下から見上げたりとしていた。

「お前も登ってみるか? この木なら大丈夫だろう」
「……では」

忍であるエクシーガならば、木に登るなんて簡単だ。軽い身のこなしで幹を登り、アウトバックがいる枝に腰をおろした。
普段よりもずっと高い目線、涼しい風、葉が擦れる音が心地よい。日射しも葉で遮られてちょうどよい
温かさになっている。
これは居心地がよいかもしれない、ここに寝そべってまどろむアウトバックの気持ちがわかるような気がしてエクシーガは、傍らをみやる。
相変わらずふんわりと笑ったままのアウトバックは、葉が擦れる音を管弦の調べのように受け止めているようだ。楽しげに、酔うたように風のいたずらに耳を傾けていた。

悔しい。
長く連れ添ってきた身でありながら、私は若様のこんな顔は知らなかった。

アウトバックが笑わない奴だと思っていた自分の認識が恥ずかしい、表に出さないだけで、人並み程度に喜怒哀楽はあったのだと今更知ったことが歯痒い。

「気持ちよかろう?」
「えぇ」
「俺はここが落ち着く、好きなのだ」

とん、とアウトバックがその身をエクシーガの方に預けてくる。

「兄者には内緒にしていてくれ」

まったりとした口調でそんなことを言うと、それきりアウトバックは身動きを取らなくなる。幾分かたった後にエクシーガはため息をついた。

「寝てる」

すうすうと寝息をたてているアウトバックを見て脱力、よくまぁこんな不安定な場所で眠れるものだとある意味で感心した。
この場所で眠るのも初めてではないのだろう、きっと今までに何度もこの場所で空を見て、風や葉の音を聞いて、まどろみ眠ってきたのだろう。
城ではなくここが、彼にとって落ち着ける場所ならば、彼にとっての城は一体なんなんだろうか。
桜の木と同じく落ち着ける場所か、あるいは帰るべき場所か、あるいは檻か?
されど心穏やかになれる場所があることが救いだ、エクシーガはもたれ掛かるアウトバックの熱を感じとりながら思う。

「貴方が生きる世は、あまりにも酷な世だから」

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