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□つきがまう
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宵闇に包まれる天守閣。暗さを和らげるものは、窓から差し込む淡い月光の他は行灯の赤い灯のみ。
揺らぐ温かな光に照らされた波の立たない水面、そこに映り込んだのは、月でも天井でもなく紅玉のような赤い眼差しだった。

「お前と酒を酌み交わすのは、久方ぶりのことですね」
「そうだな」

酒で満たされた杯を片手に、風に揺らぐ葉の音に耳を傾けながらツーリングワゴンがそう、アウトバックに言った。
その言葉にたいしての返答はそっけないが、アウトバックはこういうやつだとわかりきった上で話しかけている。反応があっただけで充分だ。

「ゼノンが動き出す前は、毎晩こんな風に杯を交わしたというのに」
「世が変わったのに、俺達も合わせていったまでのことだ」
「確かに……あれからあなたは毎日のように槍を手に取る」
「スバルや兄者を守るため、兄者の代わりに槍を握り先陣きるのが俺の負う役割だからな」

酒が入っているせいか、普段よりもアウトバックはやや饒舌だ。淡々と、ツーリングワゴンに応える形で己の考えを述べていく。
互いの唇が震え、時おり杯に口をつけ、またポツリポツリと会話を交わす。
以前はこれが常だった、当たり前の景色だった。
今では、あぁこんな日もあったなと、霞んだ記憶として呼び起こされるばかりだ。
脳裏に浮かぶヴィジョンもセピア色に褪せ、細かい箇所が思い出しずらくなってしまっていた。
ただ……あの頃のアウトバックは、今ほど自ずから槍を握りにいくことはなかったし、もっと笑っていたような気がした。
アウトバックはスバルの守護役、槍を持ってスバルに害なすものを駆逐するべく戦場をかけるのが彼が負う役割だ。
ゼノンが動き出したことにあわせ、その役目を果たすためにスバルの槍となって戦場を駆る頻度は増えていった。
天守閣で一人夜を過ごすことが当たり前に、アウトバックが城にいないのが常になりつつあった。寂しい……けれど、それを口に出してはならない気がした。

「私がその役割を、あなたに託したのですからね」
「まるで、自分が託したせいで……と言いたげな口調だな」
「実質そうでしょう?」
「違う、違うよ兄者……これは俺が自分で下した決断だ」

か細い声でアウトバックは答える、うつむき加減の顔に行灯の光があたり、カメラアイが複雑に揺らぐきらめきを孕む。
それがどこか、泣きそうに見えたのは何故だろうとツーリングワゴンは思った。

「確かに兄者は俺に託した、だが当然背く道だって俺にはあった。それを蹴らずに受け入れたは俺の意思、決断よ」

ならばなぜ、蹴ってくれなかったのだ……そう問いかけようとした時、天守閣に差し込む月光が誰かに遮られた。
暗度の増した空間内、静寂をさくようにアウトバックが言葉をはっする。

「何事だエクシーガ」
「スバルの地に敵の影が」
「……そうか」

一言、そう答えた瞬間アウトバックの目が変わる。一瞬で感情の抜け落ちた空っぽな人形の目へと変化した。

「出る、おまえは俺の補佐につけ」
「御意」

あぁ、また槍を握って行ってしまうのか……。
アウトバックが壁に立て掛け置いていた槍を手にする様を見て、ツーリングワゴンはそう感じた。止める権利はない、かつて自分がアウトバックにその役割を負わせたのだから。

「帰ってきてくださいね」

ふと呟いた言葉に返事は
なく、面を上げればすでにそこにアウトバックの姿はなかった。ただエクシーガが、無言でたたずむばかり。

「行ってきますは、言ってくれませんでしたね」
「若様はそういうお方です」
「……いや、アウトバックはああいう性質に変わってしまったんだよ。私がねじ曲げてしまった」
「主……未だに後悔なさっているのですか。若にこの地の守護役を任せたことを」
「えぇ……あれから彼は、どんどん変わっていった。目に見えて笑わなくなった、傷をいとわなくなった、どこか我が身を軽視し始めた」

窓枠に切り取られた空を見つつ、ツーリングワゴンはひどく悲しげな表情を浮かべる。真ん丸な月が目の前で輝く夜、その淡い光が過去の記憶を照らす。

「しかし主、あと戻りはできますまい」
「出来ないんじゃない、許されないんだ。だからエクシーガ、私からひとつお前に命令を下す」
「はい……」


アウトバックを、死なせるな


風に食われそうなほど微かな声で、ツーリングワゴンはエクシーガに命じた。

「それだけです、さぁ、あなたもいきなさい」
「……御意」

先に行ってしまったアウトバックを追い天守閣を去るエクシーガ、ツーリングワゴンはその姿を無言のままに見送った。
いつも見送るしかできない自分の弱さに、何度唇を噛んだだろうか。噛みきったことも何度かあった気がする。

「こんな私が願うのは、間違いかもしれない……でも私は、アウトバック、お前に生きていてほしい」

ツーリングワゴンの言葉は、稲妻の音にかきけされて空気に消えた。




つきがまう




それでも月は、何事もなかったよいにきらめき続けるのですね。あの頃のように陰りなく

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