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□にわかにえむ
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静寂、耳に痛い程の無音の世界だった。
つい先程まで騒音で溢れ返った空間に身を置いていたからだろうか……殊更今の無音状態が心をざわつかせた。
音のない、動くものの気配すらない戦場はなれの果てが散らばるばかりの殺伐とした世。
硝煙の他は湿っぽい鉄臭さに満たされている、生けるものの赴くべきではない場所。
そんな場所では、エクシーガの白い駆体はよく目立った。

「死しかない」

ぼんやりとしたように戦を終えた戦場を見据え、マスクについたオイルを手の甲で拭い取る。
白地に赤黒いオイルはよく目立った、映えるともいえる。

「殺したからと言って、恨みがあったわけではない」

足元に倒れていた、名も知らぬ敵だったものを見下ろしてエクシーガは小声で告げる。
恨みがあったわけではない。されど、殺したことに躊躇いや罪悪感を感じるわけでもない。
躊躇いがあったならまだこの手は真っ白だったはずだ……とエクシーガが自らのオイルまみれの両手を見下ろした。
手も、小太刀の刃も血を浴びて赤い。
いつか色が染み付いて取れなくなってしまいそうだなと自虐的に笑う、微かに溜め息につくとエクシーガは顔をあげた。

「若はどこだ……」

エクシーガ単身で戦に参加していたわけではない。
彼はあくまで従者だ、付き従うべき主がいる、今この場にその姿はないが。
ただっ広い戦場を見回してみるが、あの鮮烈な赤い姿は見当たらない。
戦の最中に見失って、それっきり姿を見ていないアウトバックの姿をエクシーガは探していた。
あまりにも姿が見えないと、討ち殺られたかと縁起でもない考えにかられて情けないことに内心焦りを抱いてしまう。

「……っ」

戦場をかけるエクシーガの視界の片隅に、一瞬赤い影が映り込む。

「若……?」

駆け寄ってみれば、糸が切れた人形の用にうずくまったまま動く気配を見せないアウトバックの姿があった。
怪我でもしたのだろうか、意識が無いのだろうか、そっと肩に手を添えたら拒絶するかのようにはじかれた。

「!?」
「触るな……」

俯いたまま、アウトバックはそれだけ言って黙りこくってしまった。

「若……いかがなさいました?」
「なんでもない……疲れただけだよ」

顔をあげ、アウトバックが初めてエクシーガの方を見た。
マスクが剥ぎ取られ、素顔が露出し生々しい傷がついている。
微かに力ない笑みを浮かべている薄い唇も切れ、カメラアイにも亀裂が走る。
あぁ痛々しい、奪うことも殺すことにも慣れきったこの身でさえ、主の傷には痛々しいというまともな感想を抱く。
妙にまともな感性を残した半端な心が、今は有難い。

「あぁまたこんなに傷を……」
「こんな俺を労るか? 随分お優しい忍者だな。俺などいつ壊れてもおかしくないのに」
「優しいなど、拙者には似合わぬ言葉ですよ」

たわいもない会話を交わし、エクシーガはアウトバックの顔を汚すオイルを拭い取る。
目立つ傷が少ないところを見ると、アウトバックを汚すオイルのほとんどが敵のものなのだろう。
もとから赤い駆体を、更に鮮やかに染め上げる禍々しい紅。おぞましく、美しい。

「お怪我はなさそうですね」
「そうだな……うん、今日はたいした傷はない」

そうだ、からだの傷は大したことじゃない。

「でも……いっそ死ぬくらいの傷、負ってしまえば良かったかな」
「死にたいのですか」
「死にたいわけじゃあないよ…でも、生きたいのかも分からん」
「それは……」
「あぁ、うん、生きたいよ……生きて兄者と一緒に過ごしたいしマークX殿と手合わせしたりしたいよ。だがな、俺に……その資格があるだろうか」
「資格?」
「俺みたいに殺すことしか能のない奴が、兄者やかの方の傍に行って…良いのかな」

平常よりもやや砕けた口調でアウトバックは言葉を漏らす。
前から思っていた本音なのか、それとも一時の感情なのかは解らないが、淀みなく紡がれる言葉は、荒々しい印象の影に霞んで隠れる素を垣間見せるようだった。
槍を振るう戦場の姿からは想像できない、人並みに脆くて弱くて臆病で、どこか自虐的な裸の一面。

「あー……ぁ、今日も沢山手にかけてしまったな、殺すのが好きな訳ではないのにな……」
「それが、拙者達の役割。スバルの守護役を担う我に課せられた使命で御座りますから」
「そうだな……でも、いつか壊れてしまいそうだよ」

そう言ってアウトバックは、笑った。
ふにゃっと、脱力しきって笑う。
やめてくれ、そんなことを言いながら柔らかに笑うのはやめてくれ。
そのまま、空気に溶けて消えてしまいそうな危機感さえ抱かせる。

「エクシーガ、そんな泣きそうな顔をするな」
「しかし」
「すまなかった、今の言葉は忘れてくれ」

ならば、初めからあんな風に笑って言うな……。
今回だけは、聞かなかったことにしておこう。
知らなかったことにしておこう。変に言葉をかけるのはやめよう。
それがアウトバックの中で、新しい枷になってしまうかもしれないから。

「若、帰りましょうか」
「そうだな。エクシーガ、俺はいささか目を痛めている、手を貸してくれ」
「御意」

一瞬、己のオイルにまみれた手を差し出して良いのか戸惑ったが、アウトバックが自らのエクシーガの手を求めてきた。温かい。

「城に帰ったら、一緒に茶でもいかがですか?」
「お前が淹れてくれるのか」
「若が望まれるならば」
「なら頼む」

その言葉と共にアウトバックはまた柔らかに笑う、それは、日溜まりのようだった。
どうせ笑ってくれるならば、こっちの方が良い。

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