GZ

□じゅずだま
1ページ/1ページ

兄さまが戦に出るたびに祈る、帰ってきますように、と。





兄様が槍を携え、天守閣の開き窓から遠くの景色をぼんやりと眺めている時、
そう言う時は大概、戦が近い。

「兄様、近々戦に出るのか」
「よう勘づいたな、菜の花」

普段は兄上様であるツーリングワゴンが使用しているこの天守閣に、今は俺と兄様の
二人きり。
いつの間にかエクシーガが運んできた茶と菓子が畳の上に置かれているが、兄様は
それを手を付ける気配がない。
ただ、紅玉のような目を遠くに向けて、人形のようにぴくりとも身動きしないのだ。
戦前の兄様は、よくこんな風に、魂がどこかへ抜けてしまったような状態になる。
何を思うているか解らない、恐れている訳ではないのだろう…けれど、それに近い
何かを孕んでいる。

「兄様、何を見ておられる」
「遠くを…ぼぉっとしていると、戦のことは忘れられるからな」
「戦が…怖いのか」
「怖くはない、今さらそんな感情は無い。けれど、好きにはなれん」
「兄様は、本当は優しいから、ね」
「それもまた俺には不似合いな言葉よ」

そう言って、兄様はようやく運ばれた茶に手を付けた。お茶受けの饅頭は俺にくれた。

「戦に対する恐れが消えても、殺生そのものへの忌みは消えんのだな」
「…俺が、兄様の代わりに槍を」
「それはならん。菜の花、お前は槍を握ってはいけない、絶対に…」


兄様はそう言って俺の手を握る、俺の手は稽古でしか槍を握っていないから、兄様の
手よりもずっと綺麗だ。
兄様の手は、よく見ると細かい傷がいっぱいで、塗装も剥げてる個所が多くて、槍の
握りすぎて装甲が変形しているような個所だってある位ぼろぼろだ。
手がこんなになってしまうまで槍を握って、戦ってきた兄様の負担、僅かながらでも
肩代わりしたいと思うたけれど、兄様は俺が戦に赴くことを許してくれない。
理由は分かっている、俺が、兄様よりも心が弱いから。

「お前の心は弱い、戦など経験すればお前は闇に堕ちてしまう」
「でも…」
「あんな血なまぐさい光景を見るのは、俺だけで良いんだよ。俺だけで」

そうやって、スバルの戦事をすべて背負ってきた兄様。
戦の苦しさを知っているからこそ、それを他人に見せまいと必死に自分だけで
なんとかしようとする、兄様なりの不器用な優しさに、俺はつい甘えてしまうのだ。

「だからお前は、槍を握ろうなんて考えるな」
「…うん」
「戦場に踏み入ろうなんて思うな」
「…あい」



次ページ



翌日、俺が起きた時にはもう、兄様は城に居なかった。既にたってしまわれた後だった。
兄様はいつも、誰にも告げずに城をたってしまう。
行ってきますを言わない兄様に、毎回必ず俺や殿さまはお帰りなさいを言う。
生きて帰ってきてくれてありがとうの意を込めて。
次発つ時、また生きて帰ってきてとの祈りを込めて。
戦場に立てない俺には、兄様の生を祈ることしかできない、歯がゆいことこの上ない。
城のものは優しい、出来ることをすれば良いと俺にいってくれた。
だから俺は、今日も兄様の生を祈り、兄様の帰りを待つ。

生きて帰ってきますように。生きて帰ってきてくだされ。




じゅずだまの花言葉は、祈り






我が家の黄色いアウトバックは通称「菜の花」です。
自分との呼び分けのためにアウトバック(赤)がつけた愛称という設定です。
菜の花ちゃんはアウトバックと違ってとても気弱な子で戦が嫌いです。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ