パラ

□貴方は私の…
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―――この世に神なんて居ない・・・

ソレは人々が苦しみから逃れるために作り出した、ただの空想上の存在…

信じる者は救われる……なんて言葉もあるけど、あれも所詮嘘。

神を信じて、願い続けたって、結局少しも救われなかった。

だから神様なんて居ないんだ…あの人に出会うまではずっとそう思っていた。



【貴方は私の…】



『ここから飛べば…オレは死ねるんだ……』

下を見下ろせば豆粒くらいの大きさに見える車が、蟻みたいに小さな人が行き来する様子が見える。
いつもはこんな高い所に立ったら恐怖で足がすくんで立つ事も困難なはずなのに…
なのに、オレの二本の足はしっかりと高層ビルの屋上の、転落防止のために作られたフェンスの外側の少ししか無い足場を踏みしめていた。
一歩、あと一歩ここから踏み出してしまえば、体は重力に従って、下へ広がる硬いコンクリートの上へ吸い込まれるようにして落ちていくだろう。
全く怖くなかった。寧ろ嫌で嫌で、死にたい程嫌でたまらないこの世から解放される喜びにも似た安堵感でいっぱいだった。何も怖くなかった。
でも唯一つ、母さんの事を考えると後ろめたかった。
今までオレを女手一つで育ててくれた母さん…いっぱい愛情をくれた。それを裏切ってしまうことは胸が痛い。でも、もう耐え切れないんだ!!!
毎日毎日飽きる事無く繰り返される恐喝、悪口、その他嫌がらせの数々…たまに暴力もあった。
物を隠された事もあったし、捨てられた事もあったし、壊された事もあった。机の上に白菊の活けられた花瓶を置かれた事もあった…
暴力に耐えて教室に戻った時、教室の黒板にでかでかと書かれたオレに対する悪口を目にした時には流石に泣いた。
他にもまだまだあるが、思い出すときりが無い……吐き気がする程嫌だった事は確かだった。
いわゆる“いじめ”に遭っていた。いくら鈍い人間だって、気付く陰湿さとしつこさだ。オレも流石に自覚した。
誰も助けてなんかくれない。クラスメートは一丸となってオレを目の敵にする。例え直接、何かしらの行動を起こさなくても、ただそれだけ。
見て見ぬフリを決め込んで、自分に禍の火の粉が降りかからないように、時々遠目で哀れみの篭ったような目を向けてくる…本当に唯それだけ。
先生達だって、表立ってやっていない“いじめ”は気付いて無いフリをして、面倒事を増やさないようにしている。
助けを求めたって、誰も救いの手を差し伸べてはくれない。誰も…誰も…ッ!!

今まで考えていた事を全て振り払い、フェンスを掴んでいた手の力を抜く。そして、身体の重心を前に倒す。
これだけで…この動作一つだけでオレは死を迎える…はずだった。それなのに、どうしてかオレの身体は未だに屋上に繋ぎとめられたままだった。
落ちる直前にしっかりと両肩を掴まれて引き止められている。

「君、死ぬ気ですか!!?」

オレを止めた人は、整いきらない呼吸のまま叫んだ。全力疾走でもしたのか、肩が大きく上下している。

「死ねなかった……」

ぽつりと、小さく漏らすと、その人はオレをフェンスの内側へ引き込んだ。強引に引っ張り込まれたため、その人の上に倒れてしまう。

「死ねなかった……」

同じ言葉をもう一度口にすると、涙がじんわりと溢れてくる。止まる気がしなかった。やっと死ぬ覚悟ができたのに…
やっと何もかも捨てる覚悟ができたのに、それが目の前の人の手で現実に引き戻されてしまった。

「なん、で…」

止めたんですか?涙で言い切れない言葉を飲み込むしかなかった。涙は流れても流れても、止まる所を知らない。

「目の前で人が死のうとしていて止めない人間なんて滅多に居ないと思いますが?」

さも当然のように言われて、オレは面食らっていた。だって、高校に入ってからと言うもの、オレを一人の人間として尊重してくれた人なんてほとんど居なかった。
久しぶりに触れた、普通に生きていたら当たり前に感じる人間の温かさは、オレが一番欲しかったものだった。

「君、黒曜高校(僕と同じ学校)の子ですよね…名前は?」
「沢田…綱吉……」
「綱吉君、一体どうしてあんな事を?」

優しい声色で男は訊ねる。耳に入るその声が、酷く心地良く感じた。

「もう…生きる事に疲れたんです………」

オレは愚痴をこぼす様に、今までされてきた事を洗い浚い語った。話し出したら止まらなかったと言うほうが正しかった。
涙と呼吸困難で聞き取り辛いだろうに、男はオレの声に静かに耳を傾ける。そして、相槌を打ちながらも、落ち着かせるようにオレの背を優しく、ずっと等間隔で叩いてくれていた。

「オレにはもう生きる理由が見つからない!死んで…楽になりたい……」
「では、生きる理由をあげます。僕のために生きて下さい。」

涙ながらに言うと、男に抱き締められた。強い力だった。

「名乗るのが遅れましたが、僕は六道骸と言います。綱吉君、僕のために生きて下さい…」

オレは六道先輩に縋り付いて、咽び泣いた。母さんとはまた違った優しさだった。


「絶対に僕が救ってみせます!だからどうか僕を信じて。」

彼がオレに握らせてくれたのは、小さな紙切れだった。携帯のアドレスと番号らしきものが書かれている。

「これ…」
「僕の携帯のアドレスです。もし良ければ登録しておいて下さい。」

何の迷いも無く、オレは自分の携帯を取り出していた。直感的に、この人の事を信じても大丈夫だと思った。

「じゃあ…」

少ししてオレは六道先輩を見上げた。それとほぼ同時に、彼のポケットからバイブレーションが低く響く。

「いつでも君の力になりますから。」メールを見て、彼は柔らかく笑った。オレが送ったのは、アドレスと番号だった。
「ところで、今日は休んだ方が良いと思いますよ?」

自殺しようとした日に学校に行くのは確かに気が進まなくて、オレはその通りにすることにした。
家までは六道先輩が送ってくれた。素直に嬉しかった。
誰かにこんなに親切にしてもらえる事が嬉しくてたまらなかった。


The Next...
 

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