小説

□meet again by chance
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敵のコンピュータに細工をしている最中、興味深い物を見つけた。
ボンゴレのコンピュータが何らかの方法でハッキングされていた。恐らく、ミルフィオーレの者の手による行為だ。
何となく気になって覗いてみて、不覚にも目を瞠った。
そこでは、鉛弾を喰らってその命を呆気なく散らした彼が、幼い姿で戦っていた。中学生くらいだろうか。
この時代の彼に遺言を残すかのように言われていて、ある程度の予想はしていたが、やはり驚きは大きい。
何より、この時代の彼もそうだったが、それ以上にあの頃の彼は庇護欲をそそる。
彼を失ってから存在し続けていた虚無感が消え去っていくように感じた。
この腕で、あの細い体を抱き締める事が出来るならどんなに満たされるだろうか……
もう一度彼に会える、触れられる、そう思うと胸の奥が熱く疼いた。

僕は、彼を渇望していた。―――



『meet again by chance』



幻術とバーチャルは似た所がある。と言っても、バーチャル空間に憑依して侵入するなど前代未聞だが。
人類初の試みは成功だった。僕が降り立ったと同時に、陽気な光が差し込む沢田家の庭から、薄暗い黒曜ヘルシーランドに変わる。
ブーツが古びた木の床を踏むと、ギシリと鈍い音をたてて軋んだ。
入る前に、僕以外の者が干渉出来ないようにセキュリティも仕掛けてきた。この場に居るのは、彼と僕だけ。
誰にも邪魔などさせない。敵(ミルフィオーレ)は勿論ボンゴレの誰にだって…
耳を澄ますと、引こずるような音が小さいながらも聞こえる。そう言えば、先程の戦いで足首を捻っていた気がする。
ずる…ずる…弱々しい足音が近付く。そろそろ来るかと思い、座っていた赤いソファーから腰を浮かす。
すると、懐かしい茶色の無造作にはねた髪と、その中心で燃えるオレンジ色の炎が目に入った。
暗がりの空間の中で、彼の火の光が、唯でさえ色白な顔や首を白く照らしている。
相当な疲労を溜め込んでいるらしく、瞼は半分降りてしまっていた。
足は予想通り引こずっているし、服も土埃で汚れ、所々破れていて見るからに痛々しい。

「随分とボロボロじゃないですか。」

早くあの頼りない腕を引き寄せて、小さな体を抱き締めたい……逸る気持ちを押さえ付けて、冷静を装って声を掛ける。

「お、まえは…!!?」

僕を仰ぎ見た瞬間、意識が飛びかけて虚ろだった目にははっきりとした光が宿った。
その瞳は驚愕の色に染まっているのがはっきりと分かる。

「久しぶりですね、綱吉君。」
「む…く、ろ……」

僕の名前を呼び終わらないうちに体が前方へ傾いた。
戸惑うことなく抱き止めてやると、グローブを付けて拳で戦っていると言うのに、まだまだ男にしては細い指が腕にしがみ付く。
全てを僕に預けてくれれば良いのに、彼は即(すんで)の所で、負傷していない方の足で踏み止まっていた。
少し残念だが仕方ない。これは彼なりのブライド。どうのこうので強がりなのだ、目の前の彼は。

「何故お前が…ここに………」

浅く呼吸を繰り返して問われる。膝がカタカタと震えていた。
僕に縋っている腕に込められていた力も徐々に弱くなっていき、ついには腕の中へ崩れ落ちた。
何回連続で戦ったかなど見当も付かないが、幼い体は疾うに限界を訴えている。何より顔色が悪い。
これ以上の負担は体の毒になるばかりだ。脱力してしまった体を抱えてやると、弱々しく瞼が降ろされる。
額で燃えていた炎が切ない音をたてて消えた。

「あぁ、ある場所のネットワークを覗いていたらここに辿り着いたんです。見れば面白そうなオモチャで君が遊んでいるじゃありませんか。
 それで、僕も是非混ぜてもらおうと思ってこのプログラムに憑依した、というわけです。」

話しながら彼を抱いたままソファーに身を沈ませた。いつぶりか分からない感触に思わず頬を寄せる。
皮膚に当たる茶色が柔らかい。

「戦わ…ない、の…か?」

どの体でそんな口を効くのか、彼が言った。

「僕も最初はそのつもりだったんですけどねぇ…君には強くなってもらわなければならないので。」

誰かに存在を消されるなんて事が絶対に起こらないように。だって、君は僕の標的でもあるのだから。
そう思っていたのは事実だが、疲弊しきった体にムチを打つような真似は躊躇われた。
僕らしくないとは思う。だがそれよりも、厳しい現実に追い詰められた上、頼る者も居ない彼を存分に甘やかしてやりたかった。
この時代の彼に、出来なかった分まで。押し付けでしか無いかもしれないが、そうしてやりたかった。

「ですが、そんな体では無理でしょう?無理に戦って体を壊されたら本末転倒です。」
「そうだけど…オレは……」

早く強くなって皆を…と言い掛けた彼に多少強引に口付けた。
ネクタイを掴んで、もう一方の手で背中から頭にかけてホールドすると、彼はもう動けなかった。
唇を押し当てるだけでは満足できず、舌を挿し込むと体が震えこそしたが、抵抗無く受け入れられる。
薄目を開けて彼を見ると、ギュッと硬く目を閉じて頬を赤く色付かせていた。
確認だけして、またすぐに目を閉じる。

「んんッ……ふぁ…ぁっ、ふ……んッ」

歯列をなぞって、舌と舌とを絡めてやると甘い声が漏れる。とても愛おしい。
存分に口内を楽しんでから離れると、髪と揃いの茶の目には涙がうっすらと溜まっていた。
酸欠になってしまったのか、耳まで真っ赤にしてボーっとしている。

「いいから大人しく休んでいなさい。」

おまけとばかりに目元に溜まっていた涙を舐め取ってやる。そして、気になっていた足首に目をやった。
そんなに酷くはないが、捻ったであろう側の足首は赤く腫れていた。
確か…と思い、ポケットの中を探ると、一巻きの新品の包帯が出てきた。別に常備している訳ではない。
ファミリーの事は心配するくせに、自分の事は顧みないで傷ばかり作る彼のために用意していた物だ。
足首を固定してやると、「ありがと…」と口を開いた。「どういたしまして。」と笑顔で言ってやると、目を逸らされた。
照れる様はやはり可愛らしい。

それから、もうしばらく僕達は二人きりの時間を過ごした。特に何をするでもなく、寄り添い合って時々話をした。
だが、別れの時は必ずやって来る。ふわふわの髪を一撫でするとばっちり目が合う。もう一度、啄むようなキスをした。
別れは惜しいが、彼にはミルフィオーレを倒してもらわなければならない。
彼の存在しない世界など、何の価値も見出せないのだから。そのためにもこの未来を変えてもらうしかない。

「苦しいと思いますが、頑張って下さいね。見守っていますから。」

ガラガラと音を立てて、空間が崩れ始める。プログラムが終了したらしい。
最後に彼を抱き締めて、手を離す。手の平に、まだぬくもりが残っている。

「骸…あんまり無茶すんなよ!」
「クフフ、善処します。」
「絶対だからな!!!」

真剣な顔をしていた彼…綱吉君だったが、別れの直前にはお互い微笑みあった。


空間が完全に崩れて、僕は元の世界に居た。
窓から見えた空は、彼の心の中を映すように澄み切った青だった。

E*N*D

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