ss
□play game
1ページ/8ページ
「ちょ伊丹ッ、まえ、前見えねって」
「あ゛?」
…ずるずると、伊丹に引きずられながら道はどっちだと怒られて、前が見えないと訴えても首はホールドされたまま。だからオレの意識は伊丹の腕の体温と良い匂いでいっぱいいっぱいで、会話してるのでさえ夢みたいなのに頭がくらくらした。
まだ、耳に
『いいぜ、抱いてやる。』
と言った伊丹の声が響いているから、もう堪らない。やっと辿り着いた自分ちのアパートのドアの前でやっと解放されたと思えばガチガチだった身体が更に固まった。無理矢理動かした手がまるで自分のモノじゃなくて機械みたいにしか動かなくて、なんとか鍵が繋がるチェーンを握り締める。
伊丹はそんなオレを横で腕を組んで頭と肩を壁に預けた姿勢で片足の爪先をトントンと一定のリズムで鳴らしながら少しイラついた顔でオレを見ている。
それだけで緊張して最早金縛り状態だ。
さっさと開けなくちゃいけないのに。
(伊丹帰っちゃうだろ、動けよ…ッ、)
自分でも焦って冷や汗が出てきた所で、いい加減痺れを切らしたらしい伊丹は舌打ちするとチェーンの先にある鍵を取るため遠慮なくケツのポケットに手を入れてきて、なんつーか全身がピゃッとなった。
そんなオレを気にするでもなくガチャリと鍵を回してドアを開け先に入ってしまう伊丹がその向こうへ消える。
見つめられたら見つめられたで恥ずいやら苦しいやらで、やっと一枚出来た隔たりのお陰で停止ボタンから再生ボタンで自由を取り戻したテレビの様に動き出したオレは、熱い顔を手で覆って天を仰ぎ足りない酸素を胸一杯に吸い込むと、声にならない叫びを飲み込んだ。
「〜〜〜〜ッ」
今まで見つめる側だったのが、見つめられる側になるのは厳しいものがある。嬉しいのに苦しいんだなんて、思わなかった。
そう、嬉しい半面、本当は…これから始めようとしているセックスも、伊丹との関わりがこれで終わりだって事も、オレにとって途轍もなく恐ろしい事だった。でも、そういう約束。
なのに、したいと思う。
少し落ち着いて手を顔から離すと、さっき伊丹に噛まれた腕が目の前にあって、早くも滲んでいた血が止まっているから、ああ…これは消える、と思った。
どうせなら食い千切ってくれたらいいのに。
そしたら一生消えないのに。
今日で人生終わればいいのに。
なんだかそんな女々しい事ばかり考えていたら、再びドアが開いた音がしたかと思うと手首を掴まれてつんのめる様に中へ引きずり込まれた。
中には、シャワー後のセクシーな伊丹が上半身裸でオレの顔を覗き込んだ。シャワーに入る時間があるほど突っ立っていたのかとか、我が家の如くだなとか、んな事考える余裕は瞬時に吹き飛んだ。
髪から滴る水滴とか首に掛けたタオル間から見えるちくびとか胸板とかヘソとか、細いのにしなやかにある筋肉とかもう、
…オレ、きっと今日嬉死ぬわ。
―play game―
オレを部屋に入れると、パキッ、と又もや我が家の如く冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してごくごくと飲む伊丹。オレの部屋なのに、まるで伊丹の部屋にオレが来たみたいだ。
動いている喉仏に触ってみたくなって手を伸ばすとバチッと叩き落とされた。
いいじゃんか、ちょっとくらい。と、口に出さずに文句を視線で投げると伊丹は顎でバスルームを指した。
一瞬、抱かれるんだって忘れてたオレは一気に現実に戻った。
でも、
「……、――入ってる間に、帰んないでね、」
「……、」
伊丹は睨むように目を細めたと思ったらオレの言葉に返事をすること無くテレビのリモコンを手に取ってスイッチを入れた。
帰んないでいてくれるみたいなので少し安心したオレはバスルームに入り、その後は何も考えない様にしながら必死に体を洗った。
なるべく早くしたと思ったのに、だいぶ時間が過ぎてしまったようで、
「…伊丹?」
伊丹はベッドに背中を預けてリモコンを握り締めたまま静かに寝息を立てていた。
「………」
黙ってその横にしゃがむ。
上下する胸板に、石鹸と伊丹の匂い。
伊丹は体育の後の授業は大抵寝ているからいつもみたいに寝てしまったんだろう。でも、こんな状況我慢するのがバカみたいじゃん。だから、覗き込む様に下から顔を近づけてその唇を舐めた。その口でそのままキスすると、頭を叩き落とされた。痛い。
「油断も隙も無いなお前。」
「寝てる伊丹が悪いと思うよ。」
そう言い返すと伊丹の眉がピクリと動く。と思ったら腕を引っ張られて手首に何かを巻き付けられる。
「さっきまでガチガチに固まってた奴が言うセリフじゃねーよなー。」
それは伊丹の首にかかっていたタオルだった。
「う、だっ、しょーがねーじゃん、」
悪態をつきながら、宣言通り縛ろうとしてんだなと頭の片隅で理解した上で大人しくしていた。
「お前、洗いすぎじゃね。真っ赤。」
「ッ、」
縛り終わると首筋を指でなぞられた。
伊丹の様に綺麗な身体でもないから、普通に服を着て出てきたのだが、男同士な事を忘れたかのようにすんなり触ってくる伊丹に心臓がバクバク言っているのが嫌でも分かった。
シャツ越しに無い胸を撫でて乳首を摘ままれる。もう片方の手は中に入り込んできた。ゾワゾワっと身体が震えて死ぬほど恥ずくて熱くなる。オレの体なんか見てもつまらねぇだろうし、てか胸ねぇし萎えたらどうしよう。いやそもそも勃ってすらいないんだけど。
一人で悶える様に顔を背けて堪えていると、伊丹が笑った様な気配がした。
「更に赤くしてどうすんだよ。落ち着けば?」
「つかあばら浮いてるし。なのに腹筋は割れてるってなんかムカツク。お前食ってんの?俺より細いんじゃねーのこれ。なのに馬鹿力って意味わからん。」
恐る恐る伊丹を見上げる。信じらんね、今この現状。それだけでも飛び上がってしまう程えらい事なのに、い、い、伊丹がオレに触ってる。ああ、でもやっぱりオレが――、
「ッ、」
「ふ、なんか楽しくなってきた。」
伊丹がオレのちくびを指で弾いた。
「う、」
「ん?」
案外楽しそうなので安心してもっと身体が熱くなって伊丹の匂いが濃くなった様な気がして、もうこれフェロモンじゃねーのってくらい。ぞわぞわして思わずぶるりと身を震わせると、伊丹がオレの胸に噛みついた。
「う、あ、」
ちくびを舌で舐めてから歯が擦れて、一気に下半身にも熱が集まる。
反応したのがすぐにバレて、
「は、元気いいな。おにーさん?」
語尾を誰かのセリフの様にわざとらしく言いながらデニムパンツの上から撫でられたかと思ったらベットに組み敷かれて押し倒されたと同時に膝で息子を押し潰されて、
「いっ、ぐ、」
「はい、バンザーイ」
悲鳴を上げる息子にそれどころじゃないのに腕を上げさせられて手際よくベットヘッドにオレの縛った両腕引っ掛けた。
「腕下ろすなよ?」
にやりと、伊丹が笑う。
慣れているようなそれに、目頭が熱くなった。
.