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□miss count
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「…な、伊丹。」
自分の席で本を淡々と本を読んでいると影が射し、頭上から俺を呼ぶ声。顔を上げれば、紙パックのジュースをくわえた男が立っていた。
「…触ってい?」
「…あ?」
視線が頭に向けられていて、ゴミかなんかかとぼんやり思った。
「触ってもい?」
「は?」
でも、もしそうなら最初に了承なんか取らなくてもいいわけだし聞かなくても、教えるなり落とすなりすればいい。
そうじゃないらしいのは直ぐにわかったが“触る”意味が解らない。意図がくめないからぽかんと惚けていると、そいつは制服に突っ込んでいた両手を出してオレの頭をわしわしとかき混ぜ、ニッっと満足気に笑うと自分の席に戻っていった。
(…何がしたかったんだ)
今思えば、この時にはっきりと“触るな”と拒否すべきだった。
良いと返事をした訳でもないのだけれど。
藤井 恭輔(ふじい きょうすけ)
一匹狼タイプな奴で特定の数人しか絡まない。同クラじゃ話したこと無いって奴のが多いんじゃねーかと思う。
だからコイツが誰かと話すのは珍しい。
ちなみに俺も似たようなもんで、他人の事にあまり興味がない。
だから友達と呼べる人間もいない。
関わるのが面倒としか思えねぇから。
そんな俺等が接触したからか、盛大に注目を浴びていた。
…うぜぇ。
俺の席は窓際の一番後ろだから、意図的に寄ろうと思わなければ通り道ですらない。藤井の席は廊下側の一番後ろだからだ。なので俺の頭になんの用があったのか知らないがいい迷惑だ。
というより、俺の微妙にセットしている前髪が台無しで、仕方なくメガネを外して直そうかと試みるが、最早それすら面倒だ。
パタンと本を閉じて机に置くと、方膝を立てて椅子にもたれ掛かり、そのまま体を反らせて天井を見上げる。
視線だけ動かし、空を見上げれば飛行機雲があって、ぼーっとそれを眺めているうちに俺は寝てしまった。
今思えば、これも間違いだった。
どれだけ寝てしまったのかわからない。
けど、大口かっぴらいて寝ていたらしく、喉が乾いたなと寝ぼけ眼に起きようとした時だった。
口元、いや、
下唇の端から端までに、ぬめった何かが触れた。
「…んぁ?」
「あ、わり、美味そうだったから。」
何がだ。
誰なのか碌に認識すらしていないのに、そう返事をしようとするが、寝起きでうまく声が出なかった。
「じゃな。」
その誰かに頭をわしわしと掻き回される。
なんなんだと訳がわからず欠伸を噛み殺し、生理的に出た涙を拭いながらメガネをかけた。
去っていく足音を頼りにドアの方へ視線を向ければ、その後ろ姿が僅かに見えた。
取り合えず、濡れた下唇が気持ち悪かったので腕でゴシゴシと擦る。
俺の見た後ろ姿が正しければ、
あれは藤井。
今日、頭をわしわしと掻き回した藤井。
たった今、同じように掻き回したのも恐らく藤井。
もう教室には誰一人いない。
てことは俺は放課後までガン寝したと。
終わったと起こしてくれるくらいには誰かと仲良くすべきか、俺。
いや、
やっぱり面倒だ。
なら、出ていった人物は一人な訳で
…じゃああのぬめった感触はなんだ?
あれも藤井か。
起きた時、割りと近くに顔があった、と思う。
「……――――。」
ありえないと思いたくても、
思い浮かぶのは1つ。
…――あいつ
俺の下唇舐めやがった……ッ
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