Z.
香月への想いを自覚してからも、拓はいつも通りに香月に接した。
香月の方はと言えば、何も気づくコトなく 今まで通り昼休みと放課後になると美術準備室にやって来て、とりとめもない話をして帰って行く という何ら変わるコトのない毎日が続いていた。
そんな日々が続いているコトに拓は安心した。 何かが変わるコトなど望んでいなかった。
(今まで通り、ちょっとだけ仲の良い生徒と教師のままでいい。 それだけで十分だ)
ふと思い立って窓際に移動する。
この時間 香月のクラスは体育で、ここから見ていれば運動場から昇降口へ向かう姿が見られるはずだ。
我ながら痛いな≠ニ、自嘲じみた笑みが零れる。
物陰から、好きな男の姿を一目見ようとジッと待つなんて、今時 少女マンガでだって陳腐過ぎて見当たらないだろう。 いや、少女マンガと言うより、ストーカーの方が近いかもしれない。
そう思っても、香月の姿を見たいと思う気持ちは止められないのだから、仕方ない。
そんな風に自分を笑っていると、第一校舎の横をジャージ姿の生徒がゾロゾロと通って行くのが見えた。
香月を探すのは簡単だ。
どの生徒よりもスタイルがいいし、染めたわけでもないのに 日にあたると薄茶色に透ける髪は、やはり目立つ。 そして何より、遠目でも香月の整った綺麗な顔立ちは、嫌でも目についてしまうのだ。
「あ…」
その目立つ顔立ちを生徒の群れの中に発見して、拓は窓に張り付き、勢い余って額をガラスにぶつけた。
(何やってんだ、俺は…)
誰にも見られてはいないけれど、やはり恥かしい。
こんな風に、誰かに恋するのは拓にとって初めての経験だった。
自分がゲイだと自覚したのは、中学3年の時だった。 興味の対象が総て同性であるコトに衝撃を受けたものの、何となくそんな気はしていた。
それでも、男である自分が同性に触られたいと思っていることや、女の子のように扱われたいと願う欲求を持っていながらも、決して女性になりたいと考えている訳ではないという 一見相反する気持ちは、15歳の未熟な心では すぐには受けとめられず、事実として受け入れるのに1年かかった。
ようやく、ゲイである自分を受け入れた時、同じ高校の同級生と深い仲になった。 でも、それは恋と言うより 行き過ぎた友情とセックスへの好奇心で成り立っているような関係で、お互い好きではあったけれど、狂おしいほどの恋情はなかった。 だから、卒業と同時に関係も終わった。
そして大学1年で雄一と出会った。
それが、拓の初恋だとすると、あまりにも激しい初恋だったと思う。
だから、世間一般でいうような、体の関係も無く 相手を思うだけで切なくなるような、会えただけで その日一日幸せでいられるような、そんな淡い恋を拓は知らなかった。