おおらか過ぎる安川らしいと、思わず笑いが込み上げてくる。
途端に、胸の中の泥水から声が聞こえて来た。
(お前、何が面白いんだよ。 そんな風に笑ってても良いのか?)
口許に浮かんだ笑みが一瞬にして凍りついた。
そんな拓を見て 香月は何か勘違いをしたらしく、困ったように視線を落とした。
「ごめん、いきなり家まで押しかけて来て…迷惑になるかも とか考えてなかった。 なんか最近、拓ちゃん元気なかったし、心配になって つい来ちゃったんだけど…思ったより元気そうだし、俺 帰るわ」
もう一度だけ拓に微笑みかけると 香月は拓の横をすり抜け、今 拓が乗って来たエレベーターへ向かって歩き出した。
「か……」
振り返り、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
今の この状態を、香月に支えてもらうのは筋違いだと判っている。 だから、引きとめなかった。
呼び止めたい気持ちを無理に抑え込んで、拓はエレベーターに乗り込む香月に向かって言った。
「香月、ありがとう…心配してくれて…」
ゆっくりと閉まる扉の向こうの香月に向かって、笑って見せる。
笑顔の拓と、香月の視線がハッキリとぶつかった次の瞬間、香月は閉まり切る寸前の扉を手で止めて、エレベーターを降り 拓に向かって駆け寄って来たとか思うと、いきなり拓の両腕を掴んで小さく叫んだ。
「笑ったらダメだ」
「え…?」
思いもよらなかった香月の行動に、拓は驚いて言葉を失くした。
そんな拓を掴んだまま、香月はぐっと顔を寄せ、拓の目をのぞき込んで来る。
「無理して笑ったら、ダメなんだ。 何があったのかは知らないけど、拓ちゃん 今 辛いんじゃないのか? 辛い時は無理して笑ったらダメだ、絶対に…」
「香…月……」