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□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 G
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Y.

 それから二週間後の水曜日、学校が休みの日だった拓は、完成した絵を持って雄一のマンションへ向かっていた。
 雄一に絵を見せることに深い意味はない。
この間、もうずっと描いていなかったコトを指摘されたから、1枚でも描いてみせれば雄一が安心するだろうくらいの気持ちだったけれど、描き始めてみれば、やはり それは楽しい作業で、日々の合間を縫って、拓は窓から臨む空の絵を完成させた。
 夜とは言え、平日だし雄一は まだ仕事から帰って来ていないかもしれない、と思いながら、拓は雄一の住むマンションを見あげた。12階にある雄一の部屋の灯りは、この位置からでは確認できなかった。
 このマンションはオートロック式だけれど、拓は暗証番号を聞いているし、合鍵も持っているため、いちいち住人を呼び出す必要も無く、雄一の部屋へと向かうコトができる。
 ここは拓の住む 何の飾り気もない無機質で一般的なマンションと違い、瀟洒な外観と手の込んだ内装で、素人目にも一目で他とのグレードの違いを感じるような作りになっていて、拓は来るたび 雄一が高給取りだというコトを思い出す。
 だからと言って、特に思う所はない。 拓は、雄一の住む華やかで派手な世界に身を置きたいと思ったコトは一度も無いし、地味で安月給の非常勤講師であるコトを嫌だと思ったコトも無い。
 それに、拓の勤める私立高校は、非常勤講師の時給が他より高い。 友達の中には、講師だけでは生活ができず、兼業している者もいる。 それに比べれば、拓は恵まれている方だ。
 ホテルの廊下のような共用通路を、拓は足早に歩いた。
いつ来ても思うコトだけれど、このマンションは落ち着かない。
 常に静かで、人なんて住んでいないのじゃないかと思うほど、ここの住民を見たコトがない。 何だか、世界中に自分一人だけ取り残されたような不安感を感じるから、どうにも気持ちが落ち着かないのだ。
 雄一の部屋の前に立ち、一度だけインターフォンを鳴らして、合鍵で中に入った。
玄関には、見慣れた革靴が一足揃えてあった。
 部屋の持ち主は在宅らしい。
拓は、勝手知ったる、とばかりにズンズンとリビングへ進んで行った。
 けれど、リビングに雄一の姿は無く、拓はリビングの隣にある仕事部屋兼寝室を覗いてみることにした。
 雄一の部屋は、2SLDKだから もう一部屋あるのだけれど、そちらはサービスルームに入りきらなかった雑多な物が溢れている為に、用が無い限り雄一がその部屋にいるとは考えにくかった。
 壁をノックしながら 同時にドアを開けると、こちらに背中を向けて机に向かう、雄一が居た。

「あ、のさ、勝手に上がっちゃって、ごめん……仕事持ち帰り、だった?」

 勝手に上がるのは お互い いつものコトで、今更断るようなコトでもないのに、つい謝ってしまったのは一週間前の気まずい別れ際を思い出してのコトだった。

「……」

 パソコンに向かったまま 雄一は振り返りもせず、ただ室内にキーを打つ音だけが響く。

(まだ、怒ってるのか…仕方ないな……)

 拓は、それ以上声を掛けずに、リビングに戻った。

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