そう思った次の瞬間、手すりから引き剥がされ、片手で抱えるように引き寄せられた俺の体は 抵抗する間もなく孝輔の胸の中にスポッと収まったのだけれど、予想外のコトに俺はしばらく状況が理解できなかった。
「恥ずかしいに決まってんだろ? こんなの好きなヤツからもらったら、照れくさくてさ…でも、すげぇ嬉しかった」
「へ?」
自分で考えていたコトとは真逆の言葉に、さらに理解が及ばず、マヌケな返事しかできない。
「なんか、俺、奏多に勘違いさせたよな? 急いで蓋を閉めたのは、木下や岡田に見せたくなかったからだったんだ。 だって、そうだろ? 奏多からの告白メッセージ入りメロンパンなんて――」
そう言いながら、孝輔は後ろ手に持っていた弁当箱を取り出した。
中身は、俺のあげた『デコメロンパン』――チョコペンでこうすけスキだ≠ニ書いてある。
「嬉し過ぎて、もったいなくて、誰にも見せらんねー、つか、見せたくない」
すぐには信じられなかったけど、ホントにこんな物で孝輔は喜んでくれたんだろうか?
気を使ってるだけじゃなくて?
後ろ向きな考えしか出てこない俺に向かって、孝輔は柔らかな笑顔で言った。
「ありがとな、奏多」
そう言われて、思わず孝輔のダレたネクタイを掴んで、突っかかるような口調で聞いてしまう。
「これ…ホントに嬉しかったのか? 同情とかじゃなくて?」
「ったりめーだろ」
その途端、孝輔の顔が近づいて来て、唇を塞がれた。
「ん…」
「…俺は、奏多がくれるなら、ガム一個だって嬉しかったんだ。 なのに、こんなのまでもらったら、嬉し過ぎて……なんか、愛されてんなぁって、実感湧いた」
「なら…良かった」
俺は心底ホッとしたけど、表面的には無愛想に そう答える。
ついさっきまで落ち込んで後悔してたのに、急転直下のこの状況に顔の表情筋がついて来られなかったからだ。
それでも、ひとまず孝輔に対する気持ちを形にして伝えられることができたんだと、安堵感に胸の奥が温かくなる。 例え、それがひねりも何もないストレート過ぎる方法であったとしても…だ。
「あぁ、そうだ!」
不意に孝輔は その胸の中から俺を解放すると、いきなりその場にしゃがみ込んだ。
何かと思い、孝輔の隣に俺もしゃがみ込む。
ゴソゴソと尻ポケットからケータイを取り出した孝輔は、俺に向かってニッコリと笑った。
「せっかくだし、記念に写メっとく」
「そんなん すなっ!アホか」
とっさに孝輔を突き飛ばしたら、腕を掴まれ、二人一緒に その場に倒れ込んだ。
途端に笑いが込み上げて来て、俺が笑うと つられたように孝輔も笑い出した。
二人して転がったまま笑い続ける俺達の上には、高くて青い秋の空が どこまでも広がっていた。