本心を言えば、当たらずとも遠からずで、香月にネクタイを外された瞬間 胸の内で心臓がトクンと小さな音を立てた。 でも、それを香月には知られたくなかった。 自分は、香月よりも7つも年上の教師なんだから。
そんな拓を どう思っているのか、香月は まだ口許に笑みを浮かべたままだったけれど、それ以上からかうような発言はせず、思い出したように言った。
「ところで拓ちゃん、昼飯どうすんの?」
言われて 拓も思い出す。
そう言えば、今は昼休だった。
「俺は、なんとでもなるけど、香月は午後の授業があるんだから、早くしないと食いはぐれるぞ?」
テレピン油の蓋を閉めながら香月を促すと、香月は手にした拓のネクタイをクルクルと巻きながら、ニコリと笑った。
「拓ちゃん 用意してないんならさ、今朝、駅前のドーナツショップに寄って来たから、それ一緒に食わね?」
「でも…」
それはお前の昼飯だろう?と、言うより先に、香月は安川の机の上に置いてあった紙袋を手に戻って来た。
「換わりにさ、コーヒー 飲ませてくれよ」
「そう言うことなら」
物々交換でと、話がまとまったところで拓は立ち上がり、準備室に備え付けられた洗面台で手を洗うとコーヒーメーカーをセットした。
「でも、ドーナツって、香月のイメージじゃないな」
「だろ? 俺、元々 甘いものって そんなにだったけど、拓ちゃんの影響で好み変わったかも…」
「じゃあ、シナモンコーヒー飲んでみるか?」
「うわぁ、それはマジ無理だから! あれは甘過ぎだって」
「美味しいのに…」
そう言えば、初めて香月がここを訪れた時は まだ残暑が厳しくて、エアコンを入れていた中でシナモンコーヒーを飲んでいたコトを思い出す。