でも、拓にはそれが何の痛みなのか判らない。 今は、それよりも別のコトが頭を占めていたから――
(それにしても、俺が手の中から出て行くのが嫌だとか、恋人が女の子設定だとしたら、俺 どんだけ情けない男ってコトになるんだろう? 香月は、俺の恋人が男だって知らないから、ますます頼りない かわいいキャラだと思われるじゃないか)
そのうち、香月にかわいいと言われても、何も言い返せなくなるんじゃないかと、少し不安になった。
「綺麗な空だよな…」
くだらない心配をする拓の後ろで、いつの間にか絵に視線を戻した香月が、つぶやくように言った。
「拓ちゃんの絵は、すごく綺麗で優しい……つか、さすが美術の先生だよな」
「この程度の絵、美大じゃ、大したレベルじゃないから…」
「絵の上手い下手なんて、俺には判んないよ。 拓ちゃん、俺が絵 苦手なの知ってんだろ?」
そう言われて、香月のもの凄い絵を思い出し、思わず笑ってしまいそうになったけれど、さすがに本人を目の前にしては失礼過ぎると、唇を噛みしめて 一生懸命込み上げる笑いを堪えた。
「描くのは苦手だけどさ、拓ちゃんの絵はなんか好きだな」
「へぇ、ありがとう。 で、どんなトコが好きなんだ?」
少し意地悪な質問だと思ったけれど、聞いてみた。
すると、香月は顎に手を当て、うーんと唸りながら、言葉を探しているようだった。
「拓ちゃんの絵はさ、こんなに綺麗な色使いなのに、なんか透明な感じ? 無色透明なのに、どこか心に引っかかるって言うか……そうだ、シナモンの入った食べ物みたいだな」
「は? シナモン?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返してしまった。
「うん、シナモンって、香りも味も独特でスパイシーなのに、コーヒーや他の食材と上手に調和するだろ? それと一緒で 拓ちゃんの絵は、透明感と綺麗な色彩がそれぞれ別物なのにものすごく一つになってるってゆーか……なんか、俺の言いたいコト解る?」
確かに、それは意味が有るのか無いのか、首を捻ってしまうくらい解りづらい表現だったし、いつか聞いた雄一の評し方以上に抽象的だったけれど、それでも香月の言葉は拓にとって、今までの中で最高の褒め言葉に聞こえたのだった。