Novel Library

□『 すくーる でいず 〜 シナモンとネクタイ〜 』 E
1ページ/5ページ


 押さえつけられた体を起こそうと、拓は何度も体を捩ったけれど、どうするコトもできない体格差に、それは果たせなかった。

「そのままの俺って何だよ? 俺は俺だろ? 雄一の言いたいコトが俺には判んない――」

 強い力で掴まれた手首の痛みをこらえながら、拓は雄一と話し合いができるようにと、必死に声を掛けたのだけれど、不意に拓を見下ろす雄一が 泣き出すのではないかと思うほど悲しい気に見え、驚いて雄一から視線を逸らして 言葉を切った。

「俺は、ただ 拓が変わって行くのが嫌なだけだ…」

 絞り出すような雄一の声に、拓は視線を戻せないままだった。

(変わったのは、俺じゃなく 雄一の方じゃないかっ)

 そう言い返しそうになったけれど、言葉を乗せるつもりのない唇を噛みしめて、拓はそれを飲み込む。
 言ってしまうのは簡単だけど、それを言ったからといって雄一が取り合うわけはない。
 昔からそうだった。 雄一は自分の意見は絶対に曲げない。 でも、そんな不遜な態度の雄一が拓は好きだったし、その自我の強さが雄一の作品を 他には無い独創性と際立ったパーソナリティーの光るものに仕上げているのも皆が認めている所だった。
 そんな 自己中心的な性格極まりない雄一だけれど、基本、拓には優しかった。 根本的な考え方に関しては決して引かなくても、拓の意見は尊重してくれたし、不本意だと言いながらも、折れてくれたことだってある。
 傍から見たら、拓だけは特別扱いだと誰もが気づくくらい、雄一は拓に優しかった。
 それなのに、拓が就職して しばらくした頃から 雄一は変わり出した。
 突然、拓を束縛するようになった。 メールや ケータイにかかってくる電話の回数が増え、すぐ出られないと不機嫌になる。 どこで、誰と、何をしているのか、というチェックが頻繁に入り、当時 慣れない教師の仕事に手一杯だった拓は 仕事とプライベートの両方からくるストレスで、神経性胃炎を患ったほどだ。
 その後、拓の体調不良を知ると、雄一の束縛はピタリと収まった。
 その代わりと言うべきなのか判らないけれど、今度は浮気が始まった。
 ヘテロだったはずの雄一は、ゲイの男の子との浮気を繰り返した。
 それは、拓が持っていた女の子へのコンプレックスを慮ってのコトだったようだけれど、やはり浮気は浮気なのだから、と 拓が咎めると、始めのうちは反省した素振りを見せながらも、やがて それは常習化して行き、ついには拓が折れ、浮気を咎めるのを止めた。
 それでも、雄一への気持ちに変わりわなく、自分が大人な対応をすればいい、と拓は 雄一の行動すべてを受け入れてきた。 なのだから どう考えたって、変わったのは雄一の方なのだと、拓は言いたかった。

「なぁ、雄一…俺は どこも変わってないよ?」

 雄一の体の下から抜け出せないと諦めた拓は、身を捩るのを止め、再び雄一へ視線を戻した。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]