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□『 すくーる でいず 〜シナモンとネクタイ〜 』 C
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「人の顔見て笑うなんて感じ悪いっつの!……せっかく今日は拓ちゃんにお土産持って来たのに」

 笑い続ける拓に しかめ面をしてみせると、香月は椅子の上にふんぞり返った。 途端に安川の椅子のリクライニングが、香月の大きな体の重みに耐えかねたようにギィッと音をたてる。

「お土産ってなんだよ。 俺は子供かっ?」

「そんな言い方すんならやらねーぞ? 拓ちゃんの好きなものだと思うんだけどなぁ」

 言いながら、香月はその片手に乗るくらいのサイズの 白い紙袋を差し出して来た。
 それを受け取り、中を覗くと白い箱が入っている。 蓋には日付の入ったシールが貼ってある。 これは、もしかして――
 箱を開けると思った通り、黄金色の焼き色をしたアップルパイが2つ互い違いに並んで入っていた。 辺りに、漂うシナモンの香りが更に増した。

「お前、こういうの学校に持ち込むって、どうなんだよ?」

「それは もちろん内緒で…つか、開口一番がソレ? もっと他に言うコトないの?」

「え? あ、じゃあ…なんでアップルパイ チョイス?」

「今度は ソコかよ? …まぁ、いいか――」

 ほんの少しガッカリしたような顔でため息を吐くと、椅子に座り直した。

「この前から気になってたんだけど、この部屋 いつ来ても こんなアップルパイみたいな匂いがしてるじゃん。 だから、好きなのかな?って…」

「あぁ、それシナモンだよ。 ほら、これ…」

 拓は、まだ湯気の立ち上るシナモンコーヒーの入ったマグカップを、香月に向かって差し出した。
 香月は それへ顔を近づけると、合点がいったように笑った。

「そうそう、これ! この匂いだ。 つか、何か すっげ甘そうなコーヒーなんだけど、これ美味いの?」

「美味しいよ。 飲んでみる?」

 拓が差し出していたマグカップを受け取ると、一旦飲もうとしたものの その手を止め、香月はおかしなコトを聞いてきた。

「拓ちゃん、普段カップ持つ時、右手左手 どっちの手で持つ?」

 質問の意図は判らなかったけれど、少し逡巡して『 右手かな 』と 答えると、香月は嬉しそうに笑った後、右手ね、と独り言をつぶやきながらマグカップを右手に持ち変えて、やおらシナモンコーヒーを口にした。

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