「じゃ、拓≠チて、呼び捨ての方がいい?」
香月の言葉に 思わずむせた。 確実にコーヒーが気管支に入ったのが判る。
「あーあ、大丈夫かよ、拓ちゃん?」
激しくせき込みながらも、背中を軽くトントンと叩く香月の手を押し返し、目じりに涙をにじませながら拓は、自分より遥かに大きい生徒を睨みつけた。
「あれ? 何で睨むかな? むせたの 俺のせいじゃないよね? 」
「どう、考えても…お前のせいっだろ!」
「うっそー。 俺は ただちゃん付け≠ェ嫌なら、呼び捨て≠ノしようかって聞いただけだろ?」
ようやく整ってきた呼吸に落ち着きを取り戻しながら、拓は香月を もう一度睨んだ。
「だから、教師にちゃん付け≠ニか呼び捨て≠ニか、無いだろ? フツーは!」
香月は悪びれた様子も無く安川の机から椅子を引くと、拓と向かい合わせになるように座った。
「まぁね、でも拓ちゃんは、西岡先生って感じじゃないじゃん? 可愛いし、拓ちゃんって感じだから…あ、俺は別に拓って呼んでも構わないけど?」
(俺が構うわっ!)
にこにこと人懐こく笑う香月は、夏休みに繁華街で会った時のような圧倒的な雰囲気はなく、制服を着ているせいもあるのか、少し大人びた高校生くらいに見えた。
(あの時は、ずいぶん大人っぽく見えたけど、こうして見ると フツーに10代だよな…)
「つか、大人を掴まえて可愛い≠ニか言うな」
十分凄みを効かせたつもりで、拓は香月をねめつけたのだけれど、当の香月は少しも気づいていないような、というか例え気づいたとしても、気に掛けるコトも無さそうな雰囲気だった。
「いやいや、マジで 可愛いから。 伊達メガネ無いと中坊みたいだし」
笑いを堪えたような笑顔は、本来なら嫌味に見えてもおかしくないのに、なまじ男前なだけに見ていると張り倒したくなるほど爽やかだった。
それにしても 童顔なのは言われなくても、拓自身が一番よく判っている。 だから、いつも伊達メガネを――と、ここで違和感を感じて思考が止まる。
何故、香月は拓のメガネが伊達だと知っていたのか? この学校では、誰にも伊達メガネだと話したコトは無いはずなのに?
不思議に思いながら、メガネを上げるためにブリッジを人差し指で押した……つもりだったのに、拓の人差し指は眉間にトスンと当たった。
「…拓ちゃん…メガネ 今 かけてないよ」
香月の冷静な指摘と その指が差した先を見て、拓のメガネは机の上に置きっ放しだと気づかされた。