U.
新学期。
始業式も終わり、HRを済ませた生徒達が下校を始める中、拓は美術準備室で一人コーヒーを沸かしていた。
この部屋の責任者は常勤の安川なのだけれど、安川はクラス担任もしているので雑務が多い上に、準備室より職員室の方が好きだからという理由で、管理はすべて拓に任せられていた。
拓としても、職員室で他の教師達に気を使いながらいるよりは、一人でここにいる方がよほど気楽で助かっている。
「あ、シナモンスティック切れてたんだっけ…」
沸かしたてのコーヒーが入ったサーバーを手に拓は机の引き出しから、フレッシュと砂糖、それから小さな小瓶を取り出しながらつぶやいた。
砂糖を入れたマグカップにコーヒーを注ぐと、そこへたっぷりのフレッシュを入れ、その上で小瓶を振ると赤茶色のシナモンの粉末がコーヒーの表面に広がって行く。
本当は、ホイップした生クリームをたっぷり乗せて、シナモンスティックでかき混ぜたシナモンコーヒー≠ェ飲みたいけれど、学校で飲むには これでも十分過ぎるくらい手をかけている方だ。
安川などカップにコーヒーをダバダバと注いで、ブラックのまま水のように飲んでしまうから、もう少し淹れる過程を楽しめばいいのにと思うのだけれど、安川は安川でコーヒーに いろいろと入れるのは苦手なんですよね≠ニ、言ってくる。
好みは人それぞれだ。
「エアコンの効いた部屋で飲むコーヒーって、贅沢だよなぁ」
シナモンスティックならぬスプーンで、カップの中をかき混ぜて、猫舌の拓が十分に冷ました それを一口飲んだ時だった。
突然、準備室の扉がノックされて、拓の贅沢な時間は一瞬にして終わった。
(誰だよ、タイミング悪いな)
そう思いながら、扉に向かって開いてるからどうぞ≠ニ 声をかけると、すぐに扉が開き、会釈も遠慮もなく入って来た人物の顔を見て拓は すっかり忘れていた数日前の密約を思い出した。
「香月……」
にこやかに手を振りながら部屋へ入って来たのは、もっか拓をユスリ中の香月裕人だった。
「約束通り来たぜ、たーくーちゃん」
「……ちゃん付け℃~めろって」
本当に来たのか、と思いながら もう一口コーヒーを啜る。