「どうしたんスか? 幽霊でも見たような顔をしてますよ?」
「…うん、ひょっとしたら、それに近いかもしれない……」
晃は、もうそちらを見るのも嫌で、ただ甲斐のコトだけを見つめ、震える指でさっきまで自分が見ていた方向を指差した。
この資料室でのシチュエーションでは、晃のように怖がりな者は、ホンの少し いつもと違うだけの違和感でも、怖いという気持ちに変わってしまうらしく、ましてや、それが例の怪談話を彷彿させるような物であれば、尚更だった。
「一体、何が―――あれ?」
晃の指差す方向を見て、甲斐も、一瞬 言葉を切った。
そんな甲斐の背中に隠れるようにしがみついた晃は、ただ自分の見間違いであればと思いながらも、あれだけハッキリ見えているのだから、見間違いであるはずがないと判り切っているだけに余計に恐怖を感じていた。
(本気で怖いって…)
そこにあるのは、『ドア』だった。
出入り口の扉以外は総て壁で、その壁にに合わせてグルリと室内を囲むように書棚が配置されていたはずの部屋に、突然、もう一つのドアができていたのだ。
その場所は、総務の書棚が並んだ一面だったのだけれど、ちょうど真ん中辺りの書棚が1本無くなっていて、その場所にドアがあった。
「ふーん。ただ単にドアの前に置かれていた書棚がどかされたってコトなんでしょうけど…なんで、わざわざドアを塞ぐようなコトしてたんでしょうね?」
甲斐は腕を組み、突然現れたドアに近づこうと歩き出した。 甲斐にしがみつく晃は、当然つられたように歩き出す。
「甲斐、も、出よう、ここ」
怖さで言葉が片言になった晃がおもしろかったのか、甲斐がクスクス笑うのを、その背中越しに感じながら晃は必死に甲斐のワイシャツを掴んで引っ張った。
「ホント、出よって、甲斐、聞いてんのか?」
「まあ、まあ、ちょっとおもしろそうだし、開けてみましょうよ、このドア」
「なっ!? やだって! 甲斐っ!」
晃の必死の願いも空しく、甲斐はサッサとドアノブに手を掛けると、何のためらいもなくドアを開けてしまった。
ギギギッと、さび付いた蝶番が恐怖映画さながらの音を立てたりするので、晃の恐怖感は更に煽られ、そのせいで呼吸まで上がってきてしまう。
まったく何でこんなに怖い思いをしないといけないんだと、晃は誰でもいいから恨みたい気分になる。
さしずめ、資料整理を押し付けた課長か、好奇心旺盛で自己中な後輩といったところか。
「あ、先輩、見て、階段がありますよ。 これ、どこに繋がってるんでしょうね?」
甲斐が開けた扉の先は、いう通り階段だった。
けれど、階段は資料室の蛍光灯の灯りで、かろうじて5,6段目辺りまでは確認できるものの、それから先は真っ暗で、どこまで続いているのかも判らない状態だった。
「何だよ、これ。 つか、ドアの向こうは階段でした。 ハイッ、おしまい。 もう気が済んだだろう? 早く出よう」
「もう、先輩、怖がり過ぎっ! 俺がついてるから大丈夫だって言ってるでしょう?」
何が、どう大丈夫なんだ。根拠のない おざなりなセリフを言われたって説得力無いぞ、と言ってやりたかったけれど、甲斐のシャツにしがみついたままでは恰好がつかないので止めにした。