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□資料室の怪談 5
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Z.
 就業後。
 30分ほど掛けて、その日の業務に区切りをつけた晃は、デスクの上の書類を片付けながら小さくため息を吐いた。
 先日、課長に頼まれた資料を作るために資料室へ過去データのファイルを取りに行った時、他部署に比べて資料の運び出しが進んでいない生管課の書棚のコトを課長に話してみたところ、ついでだからと資料の整理を任されてしまった。
 あんな所へ入るのは正直ごめんだと思ったものの、上司の命令には逆らえず、余計なひと言を言ってしまったと後悔しても、後の祭りだ。
 幸い、一緒にいた甲斐も同様に命を受けたから、一人じゃなくて助かったと心の底からホッとしたのだけれど。
 そして、今日が、その資料の運び出しをする日なのだった。

「晃先輩、そろそろ資料の運び出し、行きますか?」

 畳んだダンボールの束を抱えた甲斐に声を掛けられて、晃は書類をデスクの上のトレーに仕舞うと渋々立ち上がった。

「あからさまに嫌そうですね?」

「あたりまえだろ。 誰が好き好んで、あんなトコ行くかよ」

「まぁ、気持ちは判るけど、これも仕事だし。 それに二人でやれば、すぐに終わりますよ」

 甲斐の言葉に、晃はガムテープを取ると覚悟を決めて資料室に向かった。
 資料室のドアを開け前室に段ボールを運び入れた二人は、その場でダンボールを組み立てはじめる。
 効率よく資料を運び出すために、狭い資料室で作業をするより、前室まで資料を持って来た方が早いだろうというコトで、二人は黙々とダンボールを組み始めた。
 そうして、持って来たダンボールを粗方組み終わると、二人は資料室の二つ目のドアを開けた。

「やっぱ、他の部署は、結構終わってるっスね」

「それに引き替え、うちの課の書棚は…」

 以前と比べて、何一つ動いた形跡のない書棚を見て、二人は揃ってため息を吐いた。

「これ、全部出すの、結構かかりそうっスね?」

「つか、ダンボールに移してから、それ持って行くのが大変だろ。 後で台車取って来た方がいいだろうな」

 二人で運び出しの算段をしながら、手前の書棚からファイルを手に持てるだけ持って、前室に戻りダンボール箱に並べて入れる。
 いっぱいになった箱のふたには、ファイルの名前と、その年月を書き入れて封をする。
 そんな作業を3回ほど繰り返した後、一つ隣の書棚からファイルを取り出した晃は、ふと背後に違和感を感じて振り返った。
 一番手前の書棚の前に立っていた時は、すぐ後ろは室内の真ん中を陣取る書棚だったから気づかなかったけれど、一つ隣の棚に移動しての真後ろは、反対側の壁伝いに設置された総務部の棚があるはずなのに、何故かいつもと景色が違った。
 と言うより、有るはずの物が無くて、無いはずの物があるのだ。

「…なぁ、甲斐…」

 晃は、隣の書棚からファイルを下ろす甲斐に声をかけた。
 その声は、信じられないものを見たせいか、掠れて気の抜けた声だった。

「何スか? サボってないで手を動かしてくださいよ」

「…なぁ、俺…どっか、おかしいのかな? 変な物が見えるんだけど……」

「何言ってるんですか? 変な物なんて――」

 晃の言葉に、呆れたように顔を上げた甲斐は、青い顔をして甲斐を見る晃と目が合うと、眉をひそめて近づいて来た。

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