「先輩、いいんですか?」
「な、何が?」
「俺、そろそろ片付け切り上げて、戻っちゃいますよ?」
「……」
これは、頼めば資料室について来てくれると言う意味なのだろうか? と、思いながらも、こんな風にも言われてしまうと返って頼みにくい。 それに、いつまでも怪談を怖がっているなんて、先輩の沽券にかかわるじゃないかという気持ちと、でも実際に怖いんだから仕方ないという気持ちが入り乱れて言葉にならず、つい口を噤んでしまう。
すると、横からフゥッと甲斐のため息が聞こえた。
「それじゃ、俺、帰ります」
そう言って、甲斐が躊躇うことなく踵を返したものだから、晃は慌てて甲斐を呼び止めた。
「ちょっ、甲斐、待った!」
「…なんですか?」
立ち止まったものの、こちらに向き直ることはせず、首だけで振り返った甲斐が素っ気なく言う。
「…あ、のさ…資料室…ついて来て欲しいんだけど…」
「え〜、どうしようかな?」
思いがけない甲斐の一言に、晃は驚いて声を上げた。
「なんだよ、それっ! お前から、言えみたいな言い方したくせに…」
すると甲斐はクスクス笑い出し、向き直ると晃を手招きした。
「冗談っスよ、付き合いますって――」
晃が手招きされるままに甲斐の傍に行くと、甲斐がニッコリと笑って続ける。
「但し、今ここで先輩が俺にキスしてくれたら、ね?」
「ハァッ!? なんで、そうなるんだ!」
「いくら先輩でも、只では付き合いませんよ、俺……つーか、先輩だから、何かさせたくなるんだけど…」
腕を組み、ニヤニヤと笑いながら晃の返事を待つ甲斐が、妙に憎らしい。
自分でも情けないとは思うけれど、晃に取ってはなかなか難しい二者択一だった。
「つか、こんなトコで誰か来たら、どうすんだ。 リスク高過ぎだろっ?」
「今日は、もうこの会議室の使用予定なかったはずだから、誰か来る可能性は低いですよ? まぁ、オフィスラブに危険はつきものでしょ? それに、多少リスキーな方が、晃先輩 感じてくれるから」
「なっ!」
相変わらずの臆面の無さに、言葉が続かず 晃は甲斐の前で俯いたまま逡巡した。
資料室に、一人では行きたくない、けれど、リスクの高い甲斐の要求をのむのも癪に障る。 その時、晃の脳裏に あることが思い浮かんだ。