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□資料室の怪談 4
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X.
 その後、甲斐に無理矢理 今夜の約束を取り決められて、納得のいかない晃が反論する間もないまま 会議室に人が集まりだし、定刻通りに定例生産会議が始まった。
 ギリギリで総ての準備を終わらせた晃は、何とか滞るコトなく会議を進行させて、そのまま無事に終了するコトができたものの、甲斐との約束に対する釈然としない思いは残ったままだった。

「早瀬」

 会議終了後、三々五々と散って行く社員達の中、晃と甲斐が後片付けをしていると、課長に呼ばれた。

「はい、何ですか?」

「今日の資料なんだけどな、生産コストの目標額と達成額が、3年前までしか数字出てなかったろ? あれ、5年前まで欲しいんだけど、作ってもらえるか?」

「構いませんけど、急ぎですか?」

「あぁ、早い方が助かる」

「判りました、じゃ、ここの片付けが済んだら作ります」

 頼むな、と手を上げながら会議室から出て行く課長を、見るとはなしに眺めながら円卓の上を片付けていると、ホワイトボードを移動させていた甲斐が、その手を止めて 晃に聞いて来た。

「先輩、ずいぶんあっさりと引き受けちゃったけど、大丈夫ですか?」

 たかが資料を作るのを頼まれたくらいで、何を言っているのかと不思議に思いながら、晃は笑って言った。

「フォーマットはあるんだから、数字拾って入力するだけだぞ? お前、いくらなんでも俺を見くびり過ぎ――」

「いや、そうじゃなくて……」

 晃の言葉が終わるより先に遮るように口を挿んだ甲斐の表情は、どこか呆れたような笑顔で、そして僅かに笑いを含みながら言葉が続けられる。

「だって、5年前の資料は、資料室に行かなきゃ見られませんよ?」

 そこまで言われて、晃はようやく理解した。
生産管理課の過去資料や伝票は、総て3年を経過したものから資料室に移動させている。 つまり、課長から頼まれた書類を作るためには、金曜日に聞いた怪談話の舞台である資料室に入らなければならない。

「あ…」

 晃は言葉を詰まらせ しばらく逡巡した後、甲斐の方を見やった。
 けれど、甲斐はホワイトボードを片付け終ると、プロジェクターのスクリーンを巻き上げる為に晃に背を向けてしまった。
 その背中を何か言いたげに晃は見つめるのだけれど、甲斐はスクリーンを巻き上げた後も、振り返りはせず今度はプロジェクター本体をいじりだし、一向に晃のコトを気にかける様子は無い。

(わざとってコトはないと思うけど、なんか頼みにくいな…)

 会議前の件もあり、甲斐の背中を見つめながらも何となく「資料室について来てほしい」と言う一言が言い出せずに、片付けを続けていた晃が、一向に振り向かない その背中から半ば諦めの境地で視線を外し、集めて来たカップホルダーから紙コップを外していると、不意に手元が暗くなった。
 顔を上げると、いつの間にか隣に立っていた甲斐と目が合う。

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