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ふと、生産管理課の壁に掛けられた時計に目をやり、晃は近くの席のアシスタントの女子社員に声を掛けた。
「頼んでおいた、資料のコピーできてる?」
「はい、キャビネットの上に置いておきました。 30部ですよね?」
「うん、ありがとう。 今から、定例会議の準備しに行くから、何かあったら会議室に電話くれる?」
判りました、と頷く女子社員に微笑み返すと、晃は資料の束とファイルを抱えて、会議室へと向かった。
毎週月曜日に開かれる生産会議は、晃の所属する生産管理課が中心に行う定例会議で、この春から準備と進行役を晃が任されている。
社長以下、重役達も出席するのは月初めの1回だけだから、それ以外の会議は比較的のんびりムードだ。
「あっ…」
第二会議室のドアを開けるのに、ファイルと資料の束を持っていたために もたついていると、ドアが内側から開いて中から出てきた見知った顔に、晃は小さく声を上げた。
「早瀬?」
「遠藤…、製造課の会議が終わったとこか?」
「あぁ、今 片付けが済んだとこ。 すごい荷物だな、前見えてんのか?」
「なんとかね」と答えながら、遠藤が開けてくれたドアから会議室に入ると、片手で抱えていた横積みにされたファイルの何冊かが急に消えた。
遠藤が持ってくれたようだ。
「サンキュ、助かる」
会議用の円卓の上にドサリと資料を下ろすと、晃は遠藤に向かってそう言った。
本当の所を言えば、手伝ってなどくれなくてもいいから、早く会議室から出て行って欲しいと、晃は思っていたのだけれど。
金曜日の飲みの席で手を握られたコトに関しては、甲斐が言うようなアプローチなどではなく、他意はなかったのだろうと今でも思っているけれど、こんな風に二人でいる所を甲斐に見られでもしたら痛くも無い腹を探られる羽目になるのではと気が気ではなかった。
けれど、会議が終わったという遠藤は そのまま会議室を出て行くのかと思ったのに、そうはせず晃に話しかけてきた。
「早瀬さ、金曜の飲み、いつの間にかバックレてたよな? 気づいたらいなくなってたから、どうしたのかと思った」
(お前に、手を握られたせいで甲斐に酷い目にあわされてたんだよ、とは言えないしな…)
資料のコピーを円卓の一席一席に置いて歩きながら、晃は遠藤の問いに適当に答えた。
「ちょっと体調悪くてさ…先帰ったんだ。 江田島の怪談話のせいかもな」
「へぇ、で、甲斐は? 何でアイツまで一緒にバックレたんだ?」
「甲斐は…俺を心配して、途中まで送ってくれたんだ」
総ての席に資料を配り終わり、円卓をぐるりと一周して戻って来た時、同じ場所で腕を組んで立ったままだった遠藤が、晃にゆっくりと近づいて来た。
晃はさり気なく遠藤をかわして、ホワイトボードを移動しにかかった。