それでも、ほんの少しのうしろめたさを感じていると、離れた所から痛いくらいに突き刺さる視線を感じて、晃は小さくため息を吐くとそちらに顔を向け、視線の主を正面から見据えた。
(クソッ…別に俺は、怖くないフリをしたとか、そんなんじゃないからな? ただ、周りが勝手に勘違いしただけで…)
晃の視線の先では、後輩の甲斐 知宏(かい ともひろ)が、ほんの少し眉間にしわを寄せてこちらを見つめ返している。
甲斐は、晃がこの手の怪談話に弱いコトを知っている。 だから、晃には甲斐の目が「怖がりのくせに、女子社員の前だからってカッコつけてたでしょう」と言っているように思えてならなかった。
だいたい何故、飲みの席で怪談話になったのか、晃には さっぱり分らなかった。
同僚と話し込んでいたら、流れも何も見えないまま、突然 借り切っていた座敷の電気が落とされ、同期の江田島が、懐中電灯片手に社内に伝わっているらしい怪談話を、臨場感たっぷりに語り出して、来るぞ、来るぞと思いながらも、その場に居た ほぼ全員が江田島の術中にハマり、先ほどのような騒ぎとなったのだった。
季節的にも、シーズンオフも甚だしい怪談を話し始めた江田島に対して、晃は少し腹を立てていた。
(こんな話を聞かされたら、これから資料室に一人で入れないじゃないか)
江田島の作り話だろうと思いながらも、そう考えたのは晃だけではなかったようで、何人かの女子社員も同じようなコトを言っている。
「うちの資料室って、窓も無いし、前から怖かったんだけど、もう絶対に一人で入れないわよ」
「ほんと…もう!江田島さんのせいですよ」
女子達に、そう文句を言われても江田島は気にする様子も無く、笑いながら言った。
「大丈夫、ご要望があれば、俺が資料室に付き添いますから。 総務まで呼びに来てくださいね」
調子の良い江田島の言葉に、男の俺にもついて来てくれるだろうか?と、やや情けない考えを思い浮かべていると、突然 後ろから脇腹を抓まれ、思わず変な声を上げてしまう。
「ひゃあっ!」
驚いて振り返ると、一見 普段通りに見えるものの、どことなく不機嫌な色を滲ませている甲斐がいた。
「な、なんだよ、ビックリするだろ!?」
「晃先輩…今の話、怖かったっすね。トイレに行きたいんで、ついて来てくれませんか?」
(こいつ、思いっ切り棒読みなんだけど…)
幽霊の存在なんて頭っから信じていないだろう甲斐が、怪談話を怖がるはずなどないのだから、何か別に意図する所があるのだろう…。 晃の腕を掴み、強引に立たせようとする甲斐を不審に思いながらも、特に抗うコトもしないで立ち上がったのは、晃も甲斐にさっきのコトを釈明しておきたかったからだった。
二人で座敷から廊下へ出ると怪談話を盛り上げる為にと ご丁寧に廊下の電気まで消されていたが、窓から月明かりが仄かに差し込んでいて電気など点けなくても十分の明るさでもって廊下を照らしていた。
月明かりを浴びながら、二人並んでトイレへ向かう途中で晃が口を開く。
「あ、のさ…さっきのコトだけど、別に俺、林丘さんの前だから、怖くないフリしたりしていたわけじゃないからな。本当はマジびびってたんだけど、驚き過ぎて声が出なかったってだけなんだから…な」
晃の言う林丘 恵理子とは、社内で男性社員の人気の高い受付嬢で、見た目の華やかさに対して内面は女の子らしい可愛い女性だと噂されていて、お嫁さんにしたい女子社員1だと言われている。
晃は、彼女に対して特別な感情なんて持っていないけれど、その魅力については何の異存もないと思うし、もし、甲斐と付き合っていなければ、もっと違う見方をしていたかもしれないと思ったりもする。