その日は、中学校の入学式だった。
一緒に行こうと言う 母さんに「恥ずかしいから、先に行く」と言い残して開けた玄関の前に、見知った顔を発見して、俺は少々げんなりした。
「清香…なんで お前が俺んちの前にる?」
門扉の横の生垣から顔だけ出して、こちらを見ている同級生の清香(きよか)を軽くにらんでみせると、ちょっと慌てたように反論してきた。
「別に、良也(よしなり)に用があるわけじゃないからね?」
「そんなコト判ってるから、聞いてるんだろ?」
清香は同級生で、自称 千都勢のファンだ。
同じこの区画分譲地に家があり、俺より少し前に転校してきたらしい。
小学校の頃から、千都勢の周りをウロウロして、行動的にストーカーが入ってるような気がするけど、本人は、ストーカーじゃなくて「追っかけだ」と言い張ってるが、どこが違うの 正直俺には判らない。
「それに、私だけじゃないから、雄太もいるし」
清香の言葉と同時に、雄太が顔を出す。
「雄太? お前まで、何やってんの」
「オレは、良也を迎えに来たんだ。一緒に入学式行こうと思って。そしたら、清香が…」
そこまで言いかけた雄太の足を、清香が思 いっ切り踏んづけた。
別に聞かなくたってわかるんだけどな…。
要するに、清香は千都勢の出待ちしてて、一人でいるとストーカー候だから、たまたまやって来た雄太を捕まえて付き合わせたってコトだ。
バカバカしい。
「清香、いーコト教えてやる。千都勢の学校の入学式は今日じゃねーぞ。だから、いくら待っても千都勢は 出てきませ〜ん、残念でした」
「うそ! じゃあ、いつなの? 教えなさいよ、良也」
「ど〜すっかなぁ」
清香をからかいながら、俺は心の中で ちょっとした優越感に浸っていた。
千都勢のコトを一番よく知ってるのは 俺なんだって。それが、千都勢は俺のものなんだという独占欲から来ている優越感だというコトは百も承知だし、それが結構カッコ悪いコトだってのも よく分ってる。
でも、これから先 千都勢が俺の知らない所へ行くんだと思うと、なんだか気持ちがザワザワと落ち着かなくて、どんな小さなコトでも千都勢は俺のものなんだと実感できるコトを見つけて安心できるなら、迷わずそうする。結局、俺には自信がないんだ。
だから千都勢には、こんな情けないトコ見られたくない――。
「あれ? 緒川じゃん、おはよ」
突然の雄太の言葉に、俺と清香は俺んちの隣、つまり千都勢の家の方へ向き直った。