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□『 さよならは朝の光の中で 1 』
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 羽純先輩は、3年前 この支社を立ち上げる際、本社から派遣されてきた数人の役職者達のサポートとしてこの地に赴任してきたらしい。
 当時、入社2年目の限りなく新入社員に近い若手社員は、役職者たちの覚えもめでたいエリート社員で、支社立ち上げの立役者の中でも、当然のことながら最年少だった。
 その当時、まだ就活中の学生だった俺は、入社後 上司たちから事あるごとに支社立ち上げの話を聞かされたから、今ではすっかり丸暗記している。
 そして、本社から来たエリート社員の羽純先輩は、来年の春の人事で現在の課長補佐から、課長に昇進するだろうと言われている。
なのに、何故、秋の人事で本社復帰なんて異動命令が出たのか……答えは簡単だった。
 先輩本人が、異動願を出したのだ。
 以前、まだ先輩と俺が、ただの先輩後輩だった頃、よく言っていたのを思い出す、 「次は、本社の海外事業部で仕事をしてみたい」って…。
 その半年後に、先輩と俺はひょんなことから恋人同士になって、現在に至っているのだけれど…。
 さっき、給湯室にいた女子社員は総務の子だ。
 総務に連絡が入っているなら、本人への異動の打診は済んでいるはず。なのに、どうして俺は何も知らないんだ? 一言も聞かされないまま、来月からは本社に行ってしまう気でいたんだろうか?
 ついこの前まで、同棲したいって言う恥かしい俺の夢を笑って聞いてくれていたのに…。
 資材部に戻ると、すぐさま先輩の元へ駆け寄った。

「羽純先輩、ちょっと話が――」

「あ、川瀬? あっ、と…何だ? 何か用か?」

 振り返り 声を掛けたのが俺だと判ると、先輩はデスクの上の書類をバタバタと片付け始めた。
 でも、一足先に俺は見つけてしまった。 何枚かの書類の中に、引っ越し業者の見積書があったコトを…。

「あの…話があるんですけど、今 大丈夫ですか?」

「あ…悪ぃ、今から、中岡営業所に行くから時間ねぇ」

 先輩は、まとめた書類をブリーフケースに押し込んで立ち上がった。

「今から中岡営業所って、定時までに戻って来られないですよね? じゃあ、直帰ですか?」

 社用車のキーを取りに行く先輩の後を着いて歩きながら、そう訊ねると短く「あぁ」と、返事が返ってくる。

(でも、それじゃあ、異動のコトが聞けない)

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