俺が、その話を聞いたのは本当に偶然だった。
取引先との打ち合わせを終えて、資材部に戻る前に気分転換でもしようと、休憩スペースに立ち寄った。
コーヒーを買おうと自販機の前に立った時、すぐ隣の給湯室のドアがほんの少し開いていて、そこから女子社員達の話声が聞こえてきたんだ。
聞くつもりもなかったけど、会話の中にある人の名前が出て来たものだから、前言撤回 聞き耳を立てた。
「まだ内緒の話なんだけどね、資材部の羽純さん、本社に異動だって」
「そうなの? 将来有望な独身男性が一人減っちゃうのね〜」
「ホント、残念よね。 エリートらしからぬ ぶっきらぼうな感じが、男っぽくて素敵だったんだけどなぁ」
「ま、羽純さんは元々 本社から来た人だし、仕事できる人だから戻って当然かもね」
羽純先輩が、本社に異動?
耳を疑うような話に、心臓がドキドキと心拍数を上げていく。
資材部では、そんな話題は出ていない。 箝口令がしかれているんだろうか?
いや、それ以前に、先輩が そんな大事な話を俺にしないなんて、絶対にありえない。
俺は、コーヒーを買うのも忘れて、急いで資材部に戻った。