電車を降りると、駅のホームは尋常じゃない暑さで、熱気が体中にまとわりついてくるようだった。
車内のクーラーで冷え切った体は、ホームに降り立った瞬間だけ、ぬるい湯に浸かったような安心感にも似た何かを感じたけど、それも一瞬のコトで すぐに蒸し蒸しとした不快感に変わり一気に汗が噴き出してきた。
「殺人的な暑さだな」
これ以上、ここにいては命に係わる、と俺は急ぎ足で改札に向かった。
5日間もの間 怠惰で自堕落な生活を送って来た俺には、この暑さは体力的に致命傷だと感じ、オカンの職場へと急ぐ。
オカンは駅前通りにあるジュエリーショップで働いていて、一応チーフと呼ばれる立場らしい。
つまり家でも、外でも威張っていると言う訳だ。
ショップに着き、自動ドアを抜けて中に入る。
ここへ来るたびに思うのだけど、どうにも俺には敷居が高くて嫌だ。 ジュエリーショップに男子高校生という段階で、すでに浮きまくっているから、入った瞬間店内にいる人の視線を一身に浴びてしまう。
「奏多っ、ありがとう。助かったわぁ」
店内に入ってすぐ、オカンが気が付き駆け寄ってきた。
封筒を手渡して、居心地の悪い店内からはサッサと退散しようとした時、オカンに呼び止められた。
「あんた、もう少し活動的な夏休みを過ごしなさいよ。 せっかく、出て来たんだし、友達でも誘って遊びに行ってきなさいよ。ほら、狭川君、家この辺りなんでしょ?」
そう言われて、今 思い出した。 確かに孝輔の家は、この界隈だ。
(孝輔…)
途端に、ずっと考えるコトを放棄していた問題を、目の前に突き付けられた気がする。
オカンには曖昧に返事をして、そそくさとショップを後にし、茹だるような猛暑の中へと逆戻りした。
旅行先での縁日を二人で回って以降、俺と孝輔は表面的には普通に会話できるくらいには関係を修復することができたと思う。
でも、それはお互いに気を使い合い、確信に触れることなく無難な話題を選んでいるだけであって、根本的に気持ちの整理は何一つついていないような、少なくとも俺は そんな状態だった。
今は夏休みで顔を合わすこともないけれど、新学期が始まってから こんな状態が毎日続くようなら、気疲れしてしょうがないだろう。
降り注ぐ真夏の日差しと、アスファルトからの照り返しに うっすらと汗が浮かんで来るのを感じながらも、考え事に気を取られて 俺の歩調はどんどん遅くなっていく。
(結局、俺自身は この先 孝輔とどうしたいんだろう?)
この先のコトを思えば、真っ先に考えなければならない問題だ。