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□『 Memory in spring  〜 TURNING POINT番外編 〜』
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 ××××
 寒風吹きすさぶ2月末。
 今日は三年生と在校生の最後の交流行事だ。
 野球(女子はソフトボール)、バレー、バスケの三種目の球技大会で、三年生対在校生で試合をする。
 と言っても三年生はこの時期まだ進路が決定していない人もいるから有志のみの参加で、在校生の方は一、二年からの選抜メンバーだ。
 特別スポーツが得意ってわけでもない生徒は大半が応援となる。もちろん俺もその一人だ。
 ただ応援するだけなんだから、在校生も三年同様自由参加にしてくれればいいのに。
 なんて最初は思ったんだけど、孝輔が野球の選抜メンバーに選ばれてるから、ここは友人として是が非でも応援と言う名の冷やかしに行かなきゃだよな。
 他の奴らも誘ったけど、真冬の屋外競技は敬遠されがちで悉く断られてしまった。
 岡田は実行委員でなんか仕事があるらしいし、木下に至ってはホームルーム直後から姿が見えない。きっと応援がめんどくさくて、どこかに雲隠れしたに違いない。
 仕方なく試合の開始時間に合わせて一人でグラウンドに出た。
 ただ応援する、というか見学するだけなんだから当然室内のバレーやバスケの方が観客は多くなるだろうし、クラスの連中同様に野球やソフトを見に行く奴は少ないと予想していたんだけど、意外にも当てが外れた。
 俺がグラウンドに出た時にはすでに野球の試合は始まっていて、バックネット裏から一塁側も三塁側も観覧スペースは多くの女子生徒で賑わっていた。
「なんでこんなに人気あるわけ?」
 まったく試合の様子が見られなくて、俺はたくさんの女子の後ろから背伸びをしたり、隙間から覗いてみたりと頑張ってみたが、どうにもならない。
「こりゃ無理だな…」
 孝輔の姿を見つけるどころか、試合運びもなにも状況がまったく判断できない。
 これは、どこか別の場所に移動しないとダメだ。ここにいても女子の後ろ姿と黄色い声援以外なにも分かりゃしない。
 仕方なく俺は来た道を戻って校舎に向かった。
 グラウンド側の南校舎の2階か3階の教室からなら見られそうだけど、余所の教室に勝手に入っても大丈夫か?
 なにか良い策はないかと頭を捻りながら校舎内をブラブラ歩く。
 階段を上がって3階に向かおうとした時、上から降りてきた人影に驚いて思わず声を上げそうになった。
「わ……」
「おっと! …奏多?」
 出会い頭にぶつかりそうになったのは木下だった。
「木下? なんだよ、おまえエスケープ決め込んでたんじゃねえの?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺は挨拶回りしてるだけだ」
「挨拶回りって――」
「今年の三年には知り合いが多いからな、卒業式前に挨拶くらいしとこうと思って。ほら、三年はもう自由登校で学校来る日ほとんどないじゃん」
 なるほど、そうだったのか。
「で、おまえは? 孝輔の応援しに行かなくていいのか? おまえが行かないとアイツ、後でへこむんじゃね?」
「へこむ、って?」
「……あー、まぁいいや。気にすんな」
 木下の言っている意味がよく分からなかったから、とりあえずそれは言われた通りスルーする。
「応援しにグラウンド行ったんだけどな。女子がやたら多くて、応援どころか見られもしなかったんだよ」
「あー、今年の野球は当たり年らしいからな」
「当たり年?」
「三年有志も在校生選抜も、メンバーが当たり年ってこと。女子人気の高いのばっか野球に揃ってんだよ」
「あ、それで女子が群れてたのか」
 野球が大盛況だった理由は分かったものの、どこへ行けば孝輔の雄姿だかエラーする冴えない姿だかが見られるのかは分からないままだ。
 やっぱりどこかの教室に潜り込むしかないのか?
 どうしたものかと考え込んでいたら、木下が思いついたように「なぁ」と声を掛けてきた。
「野球の試合がよーく見える穴場、教えてやろうか?」
「え、そんな場所あるの?」
 木下はニヤリと笑うと上を指さした。
南校舎(ここ)の屋上」
「屋上? 行事のある日なのに入れるのか?」
「さっき俺が行った時は開いてたぜ。行事っても体育祭とか文化祭とは違うから、通常運転なんだろ」
 そうか、屋上か。
「んじゃ、行ってみる」
「あぁ、いい思い出になるんじゃね?」
「?」
 木下はよく分からないことを呟きながら、俺に向かって手を振ってきた。
 つか、屋上っていうのは盲点だったな。
 普段は解放されてる屋上だけど、学校を上げての行事の時はサボりの場所にならないように施錠されるから、てっきり今日も出られないものだと思い込んでいた。
 屋上からならグラウンドの全景も見渡せるし、野球観戦にはもってこいだ。
 意気揚々と階段を上がり、屋上へ出るための扉を開けた途端…
「うぉっ!」
 風、強い。
 屋上だし、遮る物なんてないからな。当然かもしれないけど、想像以上の強風だ。
 それでも日差しはあるから何とか……なるかな?
 塔屋から出てグラウンド側へ向かった俺の足が、ふと止まった。
 誰か、いる。
 そりゃあ屋上は、開いている限り誰でも出入り自由だから人がいてもなんの不思議もないんだけど、この真冬の寒空の下、わざわざこんな吹きっ晒しに来る物好きな奴がいるなんて驚きだ。
 っても、俺もその物好きな奴の一人なんだけど。
 まぁ、野球の観戦なんだろうけどさ。
 三年生か在校生かは分からない男子生徒の後ろ姿から、少し距離を置いて屋上の柵まで進んだろところで、その物好きな奴が振り返った。
「奏多?」
「え……あ、奥村先輩?」
「こんな寒い日に屋上来るなんて酔狂な奴がいると思ったら…」
「先輩だって人のこと言えないじゃないっすか」
 声を掛けてきたのは三年生で木下の中学時代からの先輩だった。木下と友達だってだけで、俺のこともずいぶん可愛がってくれたんだよな――
 そこで気がついた。
 ひょっとして、木下が屋上に居たのって奥村先輩と会ってたからか? 三年生に挨拶回りしてるって言ってたもんな。
「先輩もしかして、さっきまで木下と一緒でした?」
「そうだけど、なんで?」
「下で木下と会ったんです。そしたら、野球観るなら屋上がいいって教えてくれて――」
「…アイツ、気を利かせたつもりかよ」
 ふと先輩が片方の眉を上げて、なんとも言いがたい表情で何やら呟いたけど、ちょうどその時グラウンドから聞こえてきた小気味いい打球音と黄色い歓声に掻き消され、それは俺の耳には届かなかった。
 俺が首を傾げると、先輩はフッと表情を和らげて手招きする。
「野球の試合観に来たんだろ? こっからなら相当よく見える。ちょっとばかり風が強いけど、一緒に観ようぜ」
 断る理由なんて、もちろん無い。
 ずっと可愛がってくれた先輩とも卒業で会える機会も減るのだから、こんな風に話ができるのは俺も嬉しい。
 二人並んで手摺に寄り掛かるようにしてグラウンドを見下ろす。
「何回まで進んでるんすか?」
「んー、今5回表に入ったとこだな」
 思っていたより試合は進んでいた。
 俺がグラウンドに出るのも遅かったんだろうけど、その後ウロウロしてるうちに結構進行してたみたいだ。
「どっちが勝ってます?」
「それは、アレだろ。卒業生に華を持たせる意味でも、三年有志が2点リードしてる感じ?」
「いや〜、在校生は選抜メンバーだし、これから巻き返すんじゃないっすか?」
「おまえね、三年有志を侮るなよ。在校生は部活の競技には出られないルールだけど、三年生は関係ないからな。メンバーの半数以上が野球部だぜ」
「え、それマジですか? なんかズルい!」
「それが『追い出し球技大会』に代々伝わる特別ルールだからな」
 手摺に腕組みした両腕を乗せた格好で俺の方を向いた先輩がニヤリと笑った。
「ま、多少は反撃してくれないと面白味もないけどな」
「在校生チームだってけっこう上手い奴いるから、まだこれからっすよ」
「なんだよ、知ってる奴でも出てるのか?」
「出てますよ、先輩知らないかなぁ。よく俺や木下たちと一緒に居る奴で狭川孝輔≠チて言うんですけど――」
「マジ高校生?って聞きたくなるくらいデカくて、目が合っただけで瞬殺されそうな強面の奴だろ…ほら、今バッターボックスにいる、アレ――」
 唯一、右手だけを動かして、先輩の指が指し示した先に視線を移す。
 言われた通りバッターボックスに立っていたのは孝輔だった。
「そう!アイツです」
 その姿を見つけた俺は、飛びつくように柵の手摺を掴んだ。
 孝輔は左打席に入っていた。アイツ、右利きなのに左打ちなのかな?
「アイツさ、野球経験者かなんかなの?」
「いや、中学の時はバスケ部だかバレー部だったはずです」
「それでスイッチヒッターかよ。少年野球でもやってたんかな」
 スイッチヒッターって、アレだよな、右打ちも左打ちも両方できる選手のこと。
 孝輔にそんな特技があったなんて知らなかった。
「今、ワンアウト・ノーランナーだからな。どうしてもここでランナー出したいってとこか」
 打席で構えた孝輔に、ピッチャーが投げた初球は超早いストレート。それをカンッという金属音と共に打ち返した孝輔の打球は強烈なピッチャーライナーだった。思わず取りこぼしてしまったらしいボールをピッチャーが拾い、一塁に向かって送球しようとした時にはすでに孝輔は軽いスライディングで着塁していた。
 直後にグラウンドにひしめく女子たちから黄色い歓声が上がった。
 孝輔の奴、モテてやがる。なんかムカつく。
「速えなぁ、なにアイツ?」
「見た目はヤバいヤンキーだけど、運動神経も成績もずば抜けててイヤミなくらいなんでもできるヤローです」
 腹たち紛れに孝輔について解説すると、先輩はくすくすと笑い出した。
「そんな奴が近くに居たんじゃ、勝ち目はねえなぁ」
「そうなんですよ!なに一つ勝てた試しがないんだから」
 プンプンとばかりに主張した俺に、先輩は何故だか一瞬きょとんとした顔を見せた直後、また笑い出した。
「で? 奏多は、そんな怖い見た目のアイツのこと平気なんだ?」
「最初は怖かったっすよ。アイツの出席番号が俺の後ろなんだけど、怖くてまず振り返れなかったっすもん」
「へえ…」
「でも、ちょっとしたキッカケがあって、見た目ほど怖い奴じゃないって分かってから警戒心も溶けて、いつの間にか仲良くなってました」
「あぁ、奏多そういうの得意そうだもんな。気がついたら懐にいる、みたいな?」
「そんな人を冬場の猫みたいに言わないでくださいよぉ」
「上手いこと言うな。確かにお前ってマイペースだし、猫みたいなとこあるよな。ま、単純なとこは犬っぽいけど」
「それ、絶対に悪口ですよね」
「さぁな」
 先輩は、またクスッと笑うと視線をグラウンドに戻した。
 試合の方は二人続けての外野フライで、ランナーの孝輔を二塁まで進めたもののスリーアウト・チェンジと相成った。
 今度は三年有志チームの攻撃だ。
 孝輔はショートを守っていた。俊足だからな。
 在校生選抜チームは2点を追う立場だから、あと4回無失点に抑えて尚且つ2点取らなきゃ負けだ。
 先輩の話に寄れば、ほぼフルメンバーに近い人数が野球部だっていうんだから酷い話だよな。
 まぁ追い出し球技大会≠セし、三年生に気持ちよく卒業してもらうっていうのが趣旨みたいなものだから、こんな本職VS素人みたいな対戦カードになるんだろうけど。

 
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