『 Memory in spring 〜 TURNING POINT番外編 〜 』
それは春休みに入って少しした日のことだった。
孝輔からデートに誘われた。
と言ってもゲーセンだけどさ。
それでも、することもなく家でダラダラしていた俺は二つ返事でОKして、待ち合わせ場所へと出かけて行った。
「もう暇で暇で死にそうだった」
「そうじゃないかと思った」
「孝輔、マジでナイスタイミングだし」
春休みって中途半端な日数だから、どこかにパーッと出かける約束とかしてなかったし、部活もやってない俺はオカンからも妹からも相手にされなくなるくらい自堕落に日々を過ごしていた。
数日ぶりの外出にウキウキしながら歩いていると、隣を歩く孝輔がちょっと複雑な表情を浮かべて俺を見てくるのに気がついた。
「なに?」
「…いや、奏多は暇が潰せて嬉しいみたいだけど、それって相手は俺じゃなくても良かったんじゃないかって気がしてきただけだ」
「……えっ!? べ、別にそんなこと言ってねえじゃん。俺、孝輔と遊びに行けて嬉しいけど」
「そうか? そのわりには春休みに入ってから一度も連絡してこなかったよな?」
胡乱な目で見つめられて言葉に詰まる。
それは確かにその通りで……
でも誓って言うけど、遊びに行けるなら誰でもいいなんてことはない。
友達と遊ぶのも楽しいけど、孝輔と過ごせる時間の楽しさの比になんてならない…なんて口に出すのはさすがに無理だろ。恥ずかし過ぎる。
返事如何によっては孝輔の機嫌が悪くならないとも限らないから、俺は無い知恵を絞ってこの場に最適な答えを導き出そうと頭を捻る。
若干、唸りながら首を捻った時だった。孝輔が頭をかきながらそっぽを向いて、ボソッと呟いた。
「誰でも良いんじゃないって言うなら、今日、行かないか? この前もらった招待券の――」
でも俺は、それを半ば聞き流してしまう。
「あれ、あの人――」
なにか言いかけていた孝輔の声を遮るように、思わず声を上げていたからだ。
視線の先に見知った顔を見つけた気がして、俺はそちらに体ごと向き直る。
「…どうした?」
急に振り返った俺を不思議に思ったのか、孝輔が声を掛けながら俺と同じ方向に視線を向ける。
「あれ、奥村先輩じゃないかな?」
「奥村……って、木下の中学の先輩だった?」
「そう、その奥村先輩。東京の大学に行ったはずだけど、春休みで帰省してんのかな?」
「本当にそうなのか? 俺は付き合いがなかったからよく分からん」
若干めんどくさそうに孝輔が答える。
そう言えばそうだった。
二つ上の奥村先輩は木下と岡田の先輩で、直接拘わりなかった俺のこともずいぶん可愛がってくれたけど、孝輔とはほとんど接点がなかったように思う。
「うーん、二年ぶりだからちょっと自信ないけど…あ、行っちゃう。どうしよう」
「人違いだったら恥ずかしいぞ」
う、確かに。確信が持てないだけに、止めといた方が良さそうだ。
本当に戻って来てるなら、木下経由で連絡あるかもしれないしな。
ほんの少しだけ後ろ髪引かれる思いながらも、俺は先輩に似た後ろ姿に声を掛けることはしなかった。
「でも、やっぱり似てたよな……」
一年生の頃、まだ入学したばかりの学校の右も左も分からないくらいの初々しい俺たちを、よくかまって遊んでくれたのが奥村先輩だった。木下と岡田の中学の先輩だった奥村先輩は、二人と仲良くなった俺のことも可愛がってくれて、何かと言っては遊びに誘ってくれた。
奥村先輩は頭が良くて優しくて、カッコ良くておもしろい、とても魅力的な先輩だった。男兄弟もいなければ下に妹がいるだけの俺にとって、年上の先輩が目をかけてくれたことが、ずいぶんと嬉しかったのを思い出す。
先輩とは、孝輔と親しくなるよりずっと前からの知り合いだった。
その頃はまだ孝輔とは友達にすらなっていないどころか、俺は後ろの席の強面で図体のデカい男のことが怖くて仕方なかったんだよな。ヤンキーで喧嘩上等の危ない奴だって、今となっては笑ってしまうような噂も流れていたし。
でも孝輔と親しくなってからは木下や岡田とはそのまま続いてるけど、先輩とは少しだけ疎遠になってしまい、そのまま卒業しちゃったんだよな。
そういえば最後に先輩とちゃんと話したのっていつだっけ?
俺は遠い記憶になってしまった二年前に、ふと思いを馳せた。