Novel Library 4

□満開の、桜の中で君と…
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「転勤するんだ。だから、もう会う事もない」
「転勤!? …そんな話があったなんて、俺は聞いてない」
 弾かれたように顔を上げた達哉は本当に、本当に驚いた表情で、その眸が俺を責めるみたいに揺れていた。
「業務提携先に出向できる社員を募集してたから願い出たんだ。それで先週、受理された」
「どうして、そんな…」
「どうして、なんて聞いたりするんだ? そんなの全部、終わりにするために決まってるだろ。達哉にはもう愛想を尽かしたから。ずっと騙されてたのにお前が一番だよ≠ネんて言われて俺が喜ぶとでも思った?納得すると思ったのかよ。俺はそんなにオメデタイ人間じゃないよ。俺は、俺だけを愛してくれる恋人じゃなきゃ、いらない。もう……達哉なんていらないんだ」
 達哉は何も言わなかった。俺を見つめたまま、無言だった。
 その胸を両手に力を籠めて押し返す。
 ごめん、達哉。
 こんな風に傷つけたかったわけじゃない。
 別れ話になれば、例え嘘だったとしても達哉の不実を責めるしかなくなる。
 だから黙って姿を消すつもりだったのに。
 でも、これで最後だから。
 俺がいなくなれば達哉はもう悩まなくて済むよね?
「本気、なのか?」
 だって達哉は違うから。
 普通の幸せを手に入れていた達哉は、俺とさえ出会わなければ普通の人生を送れるはずだったんだから。
 それが多少の違和感を伴っていたとしても、たぶん俺と居るよりはずっとずっと楽に生きて行けるはずだから。
 だからこれが、俺が達哉にあげられる精一杯の愛情。最初で最後の嘘。
「本気だよ。俺は、もう…達哉の事を信じられないから」
「……」
 恋愛なんて楽しければいいのだと割り切ってしまえれば良かったんだろうけど、そんな関係になるには俺は弱かったし、達哉は純粋すぎたんだね。でも、俺はそういう達哉が好きだった。

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