それを見て結有は着けたままだったヘッドライトと登山用の手袋を外した。
これまでアウトドアに縁のなかった結有には祥悟の用意した装備はどれも馴染みが無くて、いささか気恥ずかく感じていたのだ。
それでも祥悟に半ば強引に着させられたマウンテンパーカーは軽くて暖かくて気に入った。
「寒くないか?」
祥悟の問いかけに首を振る。
寒いどころか、急勾配の岩場を登ってきたせいで息は上がっているし、軽くランニングをしたくらいには体が温まっていた。
まだ何かザックの中を探っている祥悟から視線を逸らすと結有はゆっくりと辺りを見回した。
斜面を登っている間は周りの景色などろくに視界に入っては来なかったが、改めて見ると結有たちが上がってきたのは山の一部が禿げて山肌が露出したような岩場で、結有が座り込んでいるすぐ後ろは切り立った崖になっている。
開けた岩場の先は祥悟の言うところでは急な坂道だが、結有からしたら背後と同じく崖に見える。
その下には川が流れていて、その川に沿ってそこそこ広い平地があり祥悟のランクルはそこに停めてある。 山道からすぐに入れる位置にあったからキャンプや川釣りに来る人が利用している場所なのだろう。
再び視線を前に戻すと岩場の先の川向うに黒々とした木々のシルエットが見えた。
たかだか2〜3メートルの岩場を登っただけなのに、木々の向こうに周囲の山のシルエットも見える。
その風景を見て、ふと何かを思い出しそうになる。
けれど、その何かに思い至る前に祥悟に声を掛けられた。
「結有、疲れたのか? 眠いなら少し寝ててもいいぞ」
「大丈夫。 つか、こんな岩場でどうやって寝ろと?」
「岩場だからあんま意味はないけど銀マット持ってきてるし、俺の肩ならいつでも貸してやる」
「俺が寝ちゃったら、祥悟さんつまんないだろ?」
「結有の寝顔を見てるから、つまらなくなんてないだろうな」
真顔で言われて、途端に恥ずかしくなった。
だから、ついいつもの調子で混ぜっ返してしまう。
「なんか、その発言オヤジ臭い。 つか、頭にそんなもん着けたままで言われてもおもしろいだけだから」
額に着けられたままだったヘッドライトを指差すと、祥悟は苦笑いを浮かべてライトを外しながら「この頃、結有にはオヤジ扱いされてばっかだな」と笑った。