「お前は俺のコトを出世欲の塊みたいに思ってたのか? 失礼な奴だな。 仕事するのは好きだけど出世なんてどうでもいい。 だいたい出世したかったら、とっくに本社営業部に転属願い出してる。 あっちからはいつでも帰ってこいって言われてるんだから」
「戻るコトあるんですか?」
いつかの転勤騒動の時はずっと転属願いを出していないと先輩は言っていたけど、考えてみれば本社から呼び戻される可能性も十分あるんだ。
幸せな気持ちに僅かな影が差して思わず聞いてしまった。
「だから、ちゃんと話を聞いてたか? 俺は戻る気なんてない。 営業の仕事も楽しかったけど、今の購買の仕事もそれに負けないくらい楽しいんだ。 出世なんてどうでもいいし、俺は今目の前にある仕事を熟してしくだけで十分なんだよ」
「でも、うちの会社にいる限り国内外への転勤はないとは言えないじゃないですか…」
しつこいくらいに押し寄せる不安に、つい拗ねた口調になってしまう。
先輩は体を離すと、両手で俺の顔を包む。
覗き込んでくる真顔に言葉が出ない。
「その時は詢も連れて行く。 お前は放っておくと思い込みですぐに先走るから、こんな危なっかしいヤツ置いていけるワケねぇだろ? まぁ詢の仕事にも関わる問題だから、ついて来てくれるならって話だけどな。 いつ転勤の話が来てもいいように、お前も覚悟を決めとけよ」
真剣な顔でそう言った先輩の胸にそっと頬を寄せた。
そんな覚悟ならもう決まってる。
先輩に言ったら怒られるかもしれないけど、俺は先輩ほど仕事に意欲を持ってないから先輩について行けるなら会社を辞めたって構わない。 先輩の傍で、自分にできる仕事を探して、部屋で先輩の帰りを待つ、そんな暮らしができるなら本望だ。 怒られるのは嫌だから、もちろん今は言わないけれど。
先輩の言葉に押しつぶされそうに膨らんだ不安は跡形もなく消えてしまった。
優しく肩を抱いてくる手がもう冷たくなんかないコトに気づきながら、俺は自分の密かな望みを胸の奥で噛み締める。
「連れて行く」と言ってもらえたコトで、俺は先輩から絶対に離れないとようやく思えたんだ。
先輩のために何もできない自分は変わらないけど、してあげられる何かを探すコトはできるはずだ。
きっと、嘆いてばかりで後ろ向きな自分を変えるコトができる。
先輩の隣にいられるのならどんな努力だってできるのに、そんなコトにも気づかずに極論に走った自分が情けない。
好きだという気持ちが大き過ぎて、思い込みで何もかも間違った方向に進んでしまったコトは恥ずかしくてたまらないけれど、間違わなければきっと何一つ分からないままだったろう。
そう考えたら一人で落ち込んでいた最悪なクリスマスイブは、俺自身を見つめ直すための貴重な一日だったんだと思える。
そうして見つけた答えは、俺にとって先輩が何より大切なかけがえのない人だという、ずっと前から分かりきっていたコトだった。
「先輩、俺…もう間違わないから……だから、ずっと傍にいる」
「詢がそう決めてくれたんなら、俺の心配の種が一つ減るな」
どことなく意地悪な一言を零した唇が、頬を掠めて近づいてくるのを待ちきれずに俺は自分からキスをする。
ありったけの想いと愛しさを込めて。
幸せな、本当に幸せな聖なる夜。
二人だけでは抱えきれないほどの幸せな想いに、がらにもなく博愛精神が頭をもたげる。
この幸せをみんなにも分けてあげたい≠ニいうやつだ。
ほんの少し上から目線で、聖なる夜に願いをかけた。
どうか世界中の人が、俺と同じような幸せの中にいますように…
Mary Xmas…
[ END ]
…と言いつつ続きあり
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『 NIGHT FULL OF MISTAKES 』 オマケ へ
※次ページは《あとがき》です