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□『 NIGHT FULL OF MISTAKES 』 前編
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 コンビニを出る時、出入り口の脇に飾られていた俺より少し小さいクリスマスツリーに飾られた電飾の点滅に口許が綻ぶのを気づかないフリで、俺は小さなリースをどこに飾ろうかと考える。
 決して浮かれているワケじゃない。
 ただ、ほんの少しだけ、先輩と過ごすクリスマスを楽しみにしているだけだ。
 ワクワクした気持ちでクリスマスが待ち遠しいだなんて、サンタクロースを信じる子供じゃないんだから。

「ふふっ」

 思わず漏らした笑いにハッとする。
 「まいったな」という思いで足を止めて、コンビニの袋の中から小さなリースを取り出した。
 街灯の明かりが反射してキラキラ輝くリースを見つめながら、また微笑う。
 どんなに取り繕っても、下がった目じりと上がった口角から感情がダダ漏れてしまう。
 せめて先輩にはこんな子供じみた期待感は気づかれないようにしないと。
 気を抜くとふにゃりと緩む頬に力を籠めて、イルミネーションで賑やかな冬の街の中、家路を急ぐ。
 強く吹く北風は、油断するとマフラーやコートの袖口なんかからスルリと忍びこんで来る。
 真冬の冷たい風に煽られながらマンションに辿りつくと、共用廊下にも寒風が吹きすさんでいた。
 暖房は点いていなくても、この風を凌げると思うだけで部屋の中が恋しくなる。
 それなのに俺の足は一つ手前の部屋のドアの前で止まってしまう。
 先輩が隣に越して来てから、ここで立ち止まるのは俺の日課みたいになってしまっている。
 俺が会社を出る時に、先輩はまだ仕事をしていたから当然帰って来ているはずがないと分かっているのに、何故か足を止めてしまう。
 大体、先輩はほとんど俺の部屋に入り浸りでこの部屋にいる時間なんて本当に僅かだというのに、まったくおかしな癖がついてしまった。
 まだ帰って来られそうにもない主のいない部屋の前から数歩進んで自分の部屋のドアを開ける。
 静まり返った自室の電気を点けて、牛乳やフルーツを冷蔵庫にしまうついでに食材を確認した。

(先輩、今日は夕飯食べるかな?)

 一人の時は適当になりがちな夕飯でも、先輩が食べてくれる時はそれなりにちゃんとした物を作るようにはしてる。

「解凍した豚肉があるし、ポークビーンズにしようかな? あ、でも今日は寒いから鍋でもいいかも…」

 つい口走った独り言にハッとして、苦笑いを浮かべる。
 先輩が隣に越して来る前は独り言なんて言ったりしなかったのに、当たり前みたいに返事をしてくれる人がいる生活に慣れてしまったのか、一人きりの時でもしゃべってしまう自分が可笑しかった。
 同棲してるわけではないけど、俺の部屋に「ただいま」と言って帰って来る先輩を見るたびに幸福感に胸が押し潰されそうになる。
 怖いくらいに幸せで、それなのに根っからのネガティブ思考の俺は時々だけど無性に不安になったりする。
 依存と言ってもいいほどに先輩の存在をすべてだと思っている俺は、もし先輩を失うコトになったりしたら生きて行けるんだろうか?と。
 例えば転勤。
 以前、俺の勘違いではあったけど、先輩が転勤すると思い込んで身も世も無く落ち込んだコトがある。
 今思えば、笑ってしまう勘違いではあるけど、この先、本当にそういう話が出る可能性が無いとは言い切れない。
 もしそんなコトになったら、その時、俺はどうするんだろう? そして先輩は…?。

(止めよう。 またこんな埒もあかないコト考えたりして、俺って本当にペシミストだよな)

 賑やかな街中から一転、一人きりの部屋に帰って来たから、ちょっと感傷的になってしまったんだ。

「そうだ、リース。 どこに飾ろう…」

 わざと大きな声で言って、立ち上がる。
 ネガティブ思考に陥った時は、楽しいコトを考えるのが一番だ。
 俺は総ての不安を振り払うみたいに、小さくて可愛らしいリースを手に部屋中を歩き出した。
 
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