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結局 先輩に電話できないまま、俺は誰もいない自分の部屋へと帰った。
会社から駅までの道のりも、電車の中も、その後の帰り道でも街は浮足立ったにぎやかさでいっぱいだった。
クリスマス一色の空気の中を、どんよりとした気持ちで歩く俺は傍から見たら仕事に疲れたサラリーマンに見えるんだろうか?
大事なコトから目を逸らせたい俺は、つまらないコトばかりをわざと考える。
静か過ぎるのが嫌で点けたテレビから騒がしい声が響いてもその内容が頭の中に届くコトはなく、ただぼんやりと画面を見つめる。
意味も無く流れる画面が切り替わった時、いきなり結婚情報誌のCMが始まって慌てて目を逸らす。
そんな俺の視界の中に小さなクリスマスツリーが飛び込んで来た。
木製の平べったいツリーには3か所が丸く型抜きされていて、その部分に小さなオーナメントがぶら下がっている。
20センチ程度の小さな小さなツリーは、リースを飾ったあの日の翌日に先輩が買って来てくれた物だ。
「これなら邪魔にならねぇだろう」と笑った先輩の笑顔を思い出して、また泣きそうになる。
どうしてこんなに涙腺が緩いんだと思うと、我ながら情けない。
こんなにも先輩が好きで、先輩がいないと夜も日も明けないくらい好きで、それでも重荷にはなりたくない。
これは先輩の転勤騒動の時に感じた気持ちと同じだ。
でも今回はもっと切実で、もっと難しい選択を迫られている。
「……」
いや、難しくも無ければ選択でもないのかもしれない。
この先、俺自身の存在が先輩のためにならないと分かってしまった以上、俺がどうするべきなのかは決まっている。
何かを選ぶ必要なんてないんだ。
ただ、俺が迷いさえしなければ。
先輩が好きだから先輩の幸せを願っているはずなのに、その好きだという気持ちが俺の決心を鈍らせる。 先輩と離れたくないと言って邪魔をする。
重荷になりたくないのに、離れたくない。 そんな矛盾する気持ちにどうしても決着が着けられないのは俺が弱いからだ。
(もっと、強くなりたい…)
小さなクリスマスツリーにぶら下がった天使のオーナメントに指先で触れる。
『この天使、詢に似てるな』
三本の曲線で描かれた笑顔の天使の顔は子供の描くようなごくありふれた笑顔で、どこがどう俺に似てるのか分からないけど、それでも言われた時は「先輩の前ではいつもこんな風に笑顔でいられたらいいな」なんて思った。
その時は望んでも許される小さな願いだと思ったけど…。
「先輩…」
仕事以外は優しくて、先輩はいつも俺を幸せにしてくれた。
先輩が俺を喜ばせようとしてくれた総てのコトは、どんな些細なコトでも嬉しくて、幸せで、俺を満たしてくれた。
朝、目覚めた時に隣に先輩がいるだけで温かな気持ちになった。
そんな二人の時間がずっと続くとそう思っていたけど、当たり前のように過ごして来た毎日が、奇跡のような日々だったと知ってしまった。
だから今は、過ぎ去った時間を何よりも愛しく思う。
(…大丈夫だ)
先輩のくれたたくさんの幸せな記憶があれば、俺は1人でも大丈夫だと思った。
これから先、何一つ先輩に望むコトが許されなくても、今日までもらった幸せな記憶だけでたぶん俺は生きて行ける。
指先で樅ノ木を模ったツリーの縁を辿りながら、いつの間にか俺の頬には涙の代りに笑みが浮かんでいた。
☆
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