「ホントにそれだけ?」
「……」
「少し前から圭の様子がおかしいの、俺も気づいてたよ。 ずっと俺のコト避けてたみたいだったし、好きな人でもできたのかと思った」
「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ?」
「本当に? そんなコト言って、ホントは多田さんと何かあるんじゃないのか?」
「多田さん?」
あまりにも予想外の名前を出されて思わず振り返った。
千早はホントに俺の真後ろにいた。
振り返った肩先が千早の胸に触れそうなくらい。
「圭と多田さん、傍から見てると普通の先輩後輩以上の関係に見えるから」
「馬鹿馬鹿しいっ」
あまりにも的外れな疑いに、つい笑ってしまった。
俺と多田さん?
ありえない。 絶対に無い。
多田さんは どノンケも良いところだし、俺だって職場の先輩でなければ多田さんみたいなタイプと接点を持つコトはなかっただろう。
「前にもそんなコト言ってたけど、多田さんは俺のタイプから遠すぎるんだよ。 だいたい社内の人間なんかに粉かけたりするかよ」
「そう?」
信じたとは言い難い疑いの色を滲ませた声で千早は短く返して、目の前にいる俺をジッと見つめてくる。
その目に見られていると何だか心の中を見透かされてしまいそうな気がして、俺は体の向きを戻して千早の視線から逃れた。
何を言っても本気にしてくれない千早の考えが俺には分からない。
口ぶりだけでは俺との関係を清算するのを嫌がっているようにも取れるけど、そんな態度が俺の中に迷いを生む。
決して感情をむき出しにしない静かな千早に、俺は引きずられ始めていた。