「悪いけど、急ぎで一本電話を入れないといけないんだ。 多田さんがダメなら今は無理だって言ってもらえる?」
本当は電話を入れないといけない急ぎの仕事なんてない。
嘘がバレないように俺は隣の席の電話の受話器を上げる。
ツーという信号音が流れる受話器に適当に話しかけて独り芝居しているうちに、俺の席の電話の内線ランプが消えてホッとした。
会社にまでかけてくるなんて、千早は何を考えているんだろう。
確かに一方的な別れ方をしたけど、俺はここまで千早が関係の清算に納得しないとは思いもしなかった。
もしかしたら、俺が思っていたより千早は俺のコトを好きでいてくれたんだろうか?
でもそれは体の相性が良かったコトや、セフレという気楽な関係を気に入っていたというコトなんだろう。
千早が俺を本気で好きだったとは思えない。
「好きだ」と言われたことはあっても、それはいつもセックスの最中のコトで真摯な言葉じゃなかった。
俺だって最初はそれでいいと思ってた。
でも俺は千早を好きになり過ぎて、千早の割り切った考えについて行けなくなった。 俺の中で、どうしても千早を好きな気持ちとセフレという関係の折り合いがつけられなかった。
恋愛体質の俺がそんな風になるのは分かってたのに、それでも千早が好きで離れられなかった。 だから、傷つくだけだと分かっていても、ずるずると関係を続けていたんだ。
俺のそんな気持ちには千早は全く気付いていないんだろう。
でもそれでいい。 重くてしつこい俺の本当の姿なんて千早に見せたくなかった。 それを見せずに済んだんだから、俺の選択は間違ってなんかない。
それなのに…
千早の予想外の行動が、どうしよもなく俺をかき乱す。
もう放っておいて欲しいのに。
俺のコトなんて…忘れてくれていいのに……
「相沢っ」
「痛って!」
いきなり背中を張り飛ばされた。
言わずもがな、こんなコトをする人は一人しかいない。
「いきなり何すんですか、多田さん」
「何だよ、そんなに強く叩いてないぞ。 お前、もう少し鍛えた方がいいんじゃないのか?」
だから規格外の自分を基準に考えないで欲しいと何度言ったら……そうか、口に出してはいないんだよな。 いつも心の中で思うだけで。