Novel Library 3

□『 SLOW LOVE 』 vol. 6
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 本社工場にあるパーツセンターは購買部の直轄の部署で、取引先とのやりとりと発注や納品や営業所からの出庫依頼なんかのデータ上の管理は俺達の仕事だけど、部品管理と実際の入出庫作業はパーツセンターの業務になる。
 納品も出庫も総て購買部とパーツセンターの二重チェックになるのだから、データ上の在庫と実在庫の数が合わないなんて本来ならあり得ないはずなのに。

「相沢」

 慌てた様子で購買部を後にする多田さんの後ろ姿を見送るように眺めていた俺は、いきなり肩を掴まれて飛び上がりそうに驚いた。
 今日はよくよく驚かされる日だ。
 というより、俺がぼんやりしてるだけか。

「何?」

 振り返ったそこに立っていたのは、これまた同期で営業部の向井だった。 俺が返事をすると、忙しない態度で話し出す。
 こいつもどうやら急いでいるらしい。

「この部品なんだけど、今日の発送でいける?」

「どれ?」

 差し出された受注書の品番を確認して入力する。
 モニターに在庫状況のデータが開くのを待つ僅かな間に気がついた。 この品番には見覚えがある。
 確かマイナーチェンジで3年前に生産終了になった部品で、最近 出庫処理した記憶がある。
 出荷できる在庫は残り僅かだったはずだけど…。
 やっぱりな。
 データ上の在庫は2個だった。
 確か棚卸前に1個、出庫処理をしたような覚えがあるから実在庫との相違は無いと思うけど、念のためにとパーツセンターに確認の電話を入れた。
 特注品だったコトもあって、センターの担当者もこの部品のコトは記憶にあったらしく、在庫数に間違いは無いと答えた。
 倉庫に確認に行くと言ってくれたが、必要なのは1個だけだからとすぐに梱包作業に入ってくれるように頼んで、隣で電話のやり取りを聞いていた向井に指でOKサインを出すと、頷いて足早に営業部に戻って行く。
 電話を切った俺も、すぐに出庫作業のデータ入力に取りかかる。
 この時間なら、昼前の配送業者の集荷に間に合うだろう。
 ついでに多田さんから頼まれた書類に目を通すと、井岡製作所の物が一枚あった。
 担当者の欄に千早の名前を見つけてドキンと胸が鳴る。
 名前を見ただけで、この反応。 重症だとしか言いようがない。

「……」

 しばらくの間笹本千早≠ニいう文字を眺めていたけど、そんな物を見続けたところで千早の胸の内が分かるはずもなく、俺は一つため息を吐くと納品状況の確認を再開した。
 
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