Novel Library 3

□『 SLOW LOVE 』 vol. 6
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 その後ろ姿を見送るコトなく、モニターに視線を戻す。
 彼女が入社当時から俺に好意を寄せてくれているのはなんとなく分かっていた。
 だからって、生まれ持って同性しか恋愛の対象にならない俺にはどうしようもできない。 彼女は同期の一人であって、それ以上でもそれ以下でもない。
 恋愛対象にならない相手に対する態度なんて、誰も皆 変わらずこんなものだろう。
 そう。 今まで俺がつき合って来た男達だって、気持ちが冷めた途端 俺に興味を失くして態度が素っ気なくなっていった。
 恋愛感情なんてそんなもんだ。 昨日までは好きだったのに、今朝になったら冷めていたって何の不思議もないような不確かで一時的な感情。
 愛情があってすらそうなのだから、それが体だけの関係であるセフレであれば不確かさは更に増して、ほんの些細な出来事のせいでまるで空気中に気化するように一瞬で消えてしまう程度の感情でしかないだろう。
 例えば、相手に本当に好きな人ができたりとか…。
 そんな風に考えるようになってから、俺は千早に会うのが怖くなった。
 体しか繋ぎ止めておくものが無い俺と千早の関係は、ある日突然、千早の気持ち一つで呆気なく終わるのだという現実を直視できなくなったんだ。
 不幸で不毛なセフレで居続けるコトを決めたはずなのに、俺の心は俺が思ってる以上に弱かった。
 千早が好きだから、ハッキリとピリオドを打たれるコトが怖い。 それが明日かもしれないと思ったら、どうしようもなく怖い。
 千早の気持ちは簡単に消えて無くなるものかもしれないけど、俺の想いはそうじゃないから。
 だから毎日のように残業して休日出勤を繰り返し、4月に入ってからは千早の誘いを総て断り続けている。
 幸か不幸か、うちの部は年度替わりのこの時期はやたらと忙しいのが常だから、千早に対して嘘を吐くという罪悪感を覚える必要はまったく無かった。

「相沢、悪いけど後 頼むわ。 俺、今から本社工場に行って来るから」

 モニターを睨んだまま、その実何も映していなかった俺の目の前に突然 数枚の書類が現れた。
 驚きとバツの悪さを顔に出さないように気をつけながら振り返ると、何やら慌てた様子の多田さんが俺に向かって書類を差し出していた。

「なんかあったんスか?」

 俺が書類を受け取ると、多田さんは上衣に袖を通しながら少し急いだ口調で話し出す。
 いつも暢気な多田さんのその様子が、何かあったのだと語っていた。

「工場のパーツセンターの在庫とオンライン上の在庫が合わないんだ。 それも一つや二つの部品じゃなくてかなりの数に及んでる。 センター長と電話で話してても埒が明かないから、直接工場に行って確認して来る」

「え? 在庫が合わないって、ついこの間 棚卸したばかりでしょう?」

「あぁ、そうだよ。 だから慌ててるんだろ? 新年度早々に在庫が合わないなんて初体験だっての。 マジで有りえねぇ。 課長には話してあるけど、お前も生産管理分と補修パーツの出荷には気をつけろよ? データ上は在庫有りでも実際には無い可能性があるんだからな」

 早口に捲くし立てるように言い終えると、多田さんは熊とは思えないような俊敏な動きで駆け出して行った。
 それはさながら人間に見つかった熊が一目散に山に逃げ込むような素早い動きだった…なんて冗談を言っている場合ではないくらいヤバい状況だというコトは十分伝わって来た。
 
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