その光に、さっきから雨音と共に聞こえていたのが携帯の着信音だと気づく。
手に取り裕人≠ニ表示されたサブディスプレイを目にした拓は驚き、フリップを開くのももどかしく通話ボタンを押す。
拓が言葉を発するより先に、送話口から香月の声が聞こえた。
「拓? …あの…今から帰るから。 まだ、電車の中だけど…帰るから、待ってて」
それだけ聞こえて、通話は切れた。
耳に届く香月の声に返事もできないまま、ただ聞くだけだった拓は通話の切れた携帯を耳に押し当てたまま香月の言葉を反芻する。
すぐには意味が理解できなかった。
もしかしたら、まだ自分は眠っていて願望が顕著に現われた夢を見ているのではないかとも思った。
手にした携帯をノロノロと操作して着信履歴に目を落とすと、そこには香月がコールしてきたコトを示す表示がある。
ぼんやりと暗い部屋の中で立ちつくし、たった今聞いた香月の声を頭の中で何度も繰り返し思い出す。
「……っ」
次の瞬間、拓は弾かれたように駆け出し、暗い部屋の中を何度か転びそうになりながら玄関を飛び出した。
スニーカーにかかとを押し込むのさえもどかしく、階段を駆け下りる。
エレベーターを待ってなどいられなかった。
香月が、帰って来ると言ったのだから。
エントランスの扉を抜け、階段を駆け下りたところで傘を持って来なかったコトに気づいたが、そのまま雨の中を走り出す。
こんな天気の日に傘も持たずに飛び出した自分に呆れはしたが、濡れるコトなど構わない。
どうして、何故、急に香月が帰って来ようと思ったのかは分からないが、ようやく話ができるのだと思ったら居ても立ってもいられなかった。
雨の中、拓は駅に向かって走り続ける。
激しい雨のせいで、あっという間にずぶ濡れになり、シャツは体に張り付くしジーンズは水を吸って重くなったが拓は構わず走った。
時間的にはまだ早いのか、激しい雨の中、通りを行き交う人も車も少なくはない。 皆一様に拓に怪訝な視線を向けたようだが、それもどうでもよかった。
ただ、早く香月に会いたい一心が拓を突き動かしている。
額に張り付いた髪から伝い落ちる水滴が目に入るのが鬱陶しくて、顔を拭うように前髪をかき上げた時、名前を呼ばれた。
もう一度、手の甲でグイッと目を擦った拓の前に、傘を差した香月が驚いた表情のまま立ちすくむのが見える。
「裕人っ!」
息を弾ませて駆け寄る拓に傘を差しかけながら、香月が驚きに目を瞬かせる。
「拓、何で? 傘は?」
「忘れてきた…」
ポケットから出したハンカチで、拓の額や頬を伝う水滴を拭こうとする香月の手を両手で握りしめ、香月を見上げる。