言い終る頃にはすでに歩き出していた祥悟に引きずられるように、結有は何がなんだか分からないままに連れて行かれる。
どうして祥悟がここにいて、何故 自分の腕を取って、どこへ連れて行こうとしているのか?
自分の身に起こった理解不能な状況は結有の思考を完全に停止させたが、それでも置き去りにした和泉が気になって振り向くとそこに二人を追って来る姿は無く、タクシーが彼を乗せたまま途切れるコトの無い車の列へと滑り込んで行くところだった。
街中で男同士の痴話喧嘩をするような無粋なマネは和泉のプライドが許さなかったのかもしれない。
振り向いたまま歩いていると腕を掴む祥悟の手に力が加わった。
祥悟の歩調は変わらず早く、掴まれた腕がだんだんと痛くなりだした結有がその力に僅かに抗うと、ちょうど歩行者用の信号が赤に変わった交差点でようやく祥悟の手から解放された。
「お前は本気でバカだな」
歩行者用の赤信号を見つめたまま こちらには顔も向けない祥悟の怒りを押し殺したような声が聞こえた。
何の説明も無くいきなりのバカ呼ばわりに、やっと状況が飲み込めてきた結有は痛む腕をさすりながら祥悟の横顔を睨む。
「アンタ、いきなり何?…つか、和泉さん行っちゃったじゃん」
結有が総てを言い終る前に、こちらを向いた祥悟のキツイ視線が結有をねめつける。
「大人ぶってるのか何なのか知らないけど、もう少し自分を大事にしろよ」
大きな声ではなかったが、祥悟が怒っているコトを結有に伝えるには十分なほど怒気を孕んだ声だった。
眉根を寄せた祥悟の顔が結有を見下ろしている。
「あのままアイツについて行ったら、どうなるかくらい分からないのか?」
助けてくれたのか、という思いと同時にあの時見せた結有を蔑むような祥悟の顔を思い出す。 それに宵待草では止めるどころか無視したくせに、と助けてくれたことへの感謝の気持ちを感じつつも、それとは裏腹な憎まれ口が飛び出した。
「助けてくれなんて頼んでないし」
途端に祥悟の表情が顰め面から、からかうような笑みを浮かべたものに変わる。
「あんな顔して人のコト見つめてたくせに、よく言うよ。 遊郭に売り飛ばされる生娘みたいな顔してたぞ」
言われて、あの時の自分の不安丸出しだったであろう顔を思い出して、カッと顔に血が上るのを感じながらも憎まれ口を叩き続ける。
そうでもしなければ、考え無しに行動した情けない自分を素直に認めるコトになってしまう。