そう思うと、祥悟のせいで宵待草に行けないのは妙に理不尽な気がしてくる。
ふとキャンパスに設置された時計を見ると、4時を回ったところだった。
宵待草の営業は5時からだ。
オープン直後に来るのは学生が多い。 サラリーマン達が訪れるのは一様に7時を過ぎた頃だ。
それならば、と結有は思う。
今から宵待草に行って7時になるまで飲んでいればいい。
祥悟が来店しそうな時間になったら、帰るなり、河岸を変えるなりすればいいのだ。
「そうだ。 そうしよう」
思い立った結有は急ぎ足で大学を後にする。
一旦、テキストやノートの入った大きめのメッセンジャーバッグを置きに部屋に戻り、ついでに着替えて出かけた。
ネットで取り寄せた七分袖のブロードカフスシャツに袖を通し、インには白無地のTシャツを選ぶ。
シャツはライトピンクで襟と袖の裏は千鳥格子で切り替えたデザインだったが、敢えて見えないように袖は折り返さない。
その代わりボタンは裾から2つ目までを外し、前立てに施されたデザインテープがチラリと見えるようにした。
開いた胸元を飾るのは、入学祝いに姉からもらったペンダントトップでプラチナ製のクロスだ。
ボトムにブラックスキニーを合わせて部屋を出る。
服装にこだわるのは遊びに行く時だけだ。
普段 学校に行くときはなるべく目立たないスタンダードな服装で登校する。
「パブリックな場所では目立たずに」が結有のポリシーだ。
だから、もっぱらストレートのジーンズに、無難な色のTシャツかブロードシャツといった格好になる。
中学生の時に自分の性癖に気づいて以来、学校ではなるべく目立たないように気をつけて来た。
自分が皆と違うマイノリティであるコトを知られるのは怖かったし、どうして自分は他の人と違うのかという思いで上手く自己を解放するコトもできなかった。
人当たりよく振る舞っていたけれど本当のコトは誰にも話せないまま高校生になり、高3の春 SNSで知り合ったゲイの男と恋に落ちた。
その恋は結有がフラれて終わった。 そしてその傷心を癒してくれたのが太一との関係だった。
そんな風に言うと、結有と太一のロマンスを想像されそうだが、実際は太一とのやり友関係を続けるコトで男同士で本気の恋愛をしようと考えるより、体だけの関係の方がずっと楽だと結有が開き直っただけのコトだ。
大学の夏季休暇で地元に戻って来ていた太一との関係に気楽さを見つけ出した結有は、太一の話す都会の無関心さに憧れた。
田舎で性癖の発覚を恐れて自分を抑え込むのはもう嫌だと思っていたところへの都会の話に、結有は強い憧れと希望を持った。
だから大学進学と同時に太一の後を追うように地元を離れて上京し、太一が常連として通っていた宵待草に結有もまた足しげく通うようになった。
そして自分と同じマイノリティばかり集まってくる店は、結有が誰の目も憚ることなく結有らしくいられる大切な場所となっていったのだった。
「こんにちは」
ステンドグラスの嵌った小さな小窓の付いたオークの扉を開けると、カウンターの中のマスターと目が合った。
マスターは来客者に真っ先に声を掛けるためなのか、ドアの真正面の位置に立っているコトが多い。 だから今日も結有はマスターの見惚れてしまいそうに甘く優しげな笑顔に迎え入れられる。